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5 俺が魔法を使ったそうです。・・・覚えてないけど。

 少しの間ぼんやりしていたようで、腕を引かれる感触にそちらに視線を向ける。

「お逃げください・・・っ、私の事は構わず・・・!」

 傷が痛むだろうに、必死に優雄を守ろうとしている。

 優雄は口元に微笑を浮かべると、大丈夫というように彼女の柔らかな髪を撫でた。驚いたように眼を見開く薫を優しく横たえて、ミシュレと向き合う。

「私と来る気になったか?」

 掌に圧縮された光が辺りを照らし、熱を発している。さながら太陽を眼の前にするが如く。だが優雄は表情一つ動かさず、口を開いた。

「関係がない人間まで巻き込むな。お前に連れて行かれずとも、こちらから出向く」

「ほう・・・」

 ミシュレは眼を細めて優雄をジッと見た。

「・・・だが、そいつを生かしておくつもりはない。妖精はもう役に立たんぞ!」

 手の光が放たれた。背後の木内へと。

「ひっ・・・」

 木内は頬の痛みを忘れて蹲るように頭を抱えた。光が彼女の身体を焼き尽くそうとしたその時・・・


 バシン!


 何かが弾かれるような音がして、木内は恐る恐る顔を上げた。

「・・・え・・・?」

 木内の周りに透明な膜のようなものが張られていた。それが堕天使から放たれた光を弾いたらしい。

「け、結界・・・!?」

 驚きの声を上げたのはミシュレだ。

「妖精がやったのではない・・・まさか・・・」

 優雄はミシュレの視線を受けて微笑んだ。そして彼に背を向けると、呆然と自分を見ている木内の眼前で膝をつく。

「大丈夫。その傷、痕も残さずに治せるから安心するといい」

 そう言って右手を彼女の頬にかざす。手から淡い光の粒が放たれ、木内の頬が見る見るうちに治っていく。

 その間、木内は優雄の顔を正面からジッと見ていた。

 眼鏡を外した素顔を見るのは初めてだった。いつも俯いていたためにどんな顔をしているのかさえ知ろうとしなかった。それを今、後悔している。なにせ彼の素顔は今まで見た事がないと言っても過言ではないほど綺麗な顔をしていたのだ。

 木内にだって憧れの人はいた。その一番カッコいいと思っていた彼よりも上回る美貌に間近で見つめられて、心臓が破裂しそうなほどドキドキと高鳴っている。

(ウソ・・・何でコイツ、こんなに美形なワケ・・・?)

 しかもその美青年が自分に微笑みかけているわけで。

 今の状況も忘れて、彼女はポカンと優雄の顔を見つめ続けた。

「これでいい」

 優雄が手を退けると、木内の頬は傷痕もなく綺麗になっていた。


 次は薫だ。


 同じように透明の結界が張られた中で横たわる薫の腕に、右手をかざす。

「優雄様・・・」

「じっとしているんだ」

 起き上がろうとする彼女の身体を優しく押さえ、腕の傷も治療した。

 二人の治療が終わると、優雄は再びミシュレに向き直る。

 ミシュレは優雄が二人の傷を癒すのを見ているだけで、邪魔しようとはしなかった。

「・・・ユリウス」

 ミシュレがボソリと呟く。

 優雄はゆっくりと彼に近付くと、その腕をとって魔法を発動した。即ち、空間転移の魔法を。

「アイヴズに伝えろ。こっちから会いに行くと」

「・・・待っている」

 ミシュレを中心に、風と光が舞うように渦を巻く。まるで昼間の如く明るく照らすその中で、渦の回転が速くなり、次の瞬間には堕天使の姿は消えていた。

「優雄様!」

 背後から薫の声が聞こえる。

 振り返ろうとした優雄は、突然視界が真っ暗になり、意識を失って倒れたのだった・・・



「う・・・」

「気がつかれましたか?」

 頭上から薫の声。眼を開けると、彼女の顔がすぐ目の前に・・・

「うわっ!?」

 優雄はがばっと飛び起きた。どうやら倒れた自分を介抱するために膝枕をしてくれていたらしい。

「あれ? 俺、どうなったんだっけ?」

 何故倒れていたのか。少し前までの記憶がすっぽり抜けている。

「覚えてらっしゃらないのですか?」

「うん・・・薫が魔法を使った事までは覚えてるんだけど・・・」

「あ・・・」

「ん?」

 突然薫が頬を赤くするので、優雄は何か変な事を言ったか、と焦る。が、それは違った。

「また、私の名前を呼んでくださいましたね」

「名前?」

「はい。なかなか呼んでくださらなかったので、私の事お嫌いなのかと思っておりました。ですが先程も私の名を呼んでくださいました。心配してくださったのですよね?」

「そ、そうだったかな?」

 なにせ先程までの記憶がないのだ。薫の事を嫌っているわけがないが、ほとんど無意識に彼女の名を呼んでいた事が気恥ずかしい。

「覚えていないという事は、ご自分が魔法をお使いになった事も覚えていないという事ですか?」

「俺が・・・魔法を・・・?」

 はい、と頷く薫。だがどうも記憶がないせいか実感がない。

「そういえば、薫の魔法を見て、何か違和感を感じたんだ」


 その後だ。自分が自分でなくなったのは。


「違和感・・・ですか。それは当然だと思います。魔法は魔法でも私達妖精が使うものと天使や堕天使が使うものは別ですからね」

「別?」

「はい。私達は呪文を唱える事によって発動します。天使達は歌によって発動するそうですが、実際に歌わなくても発動できるそうですから、それだけでも違いますね」

「そうか・・・」

 違和感の意味は分かったが、それを感じたという事はユリウスの生まれ変わりだという話を信じてもいいかもしれない。

「ちょっと!」

 そこで甲高い声が割り込んできた。

「あれ、木内さん?」

「あれ? じゃないわよ! 二人だけの世界作って! あたしの事すっかり忘れてるでしょ!」


 はい、その通りです。


 なんて口には出せないので、優雄も薫も口を噤む。

「ワケ分かんない話してないで、ちゃんとあたしにも説明しなさいよ!」

 学校中に響き渡りそうなほどの大声で怒鳴りながら優雄と薫の間に身体ごと割り込んでくる。それまでの優雄に対する態度からしたら、驚愕に値する行為だ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 説明をしろと言われても。


 薫は関係のない者にまで話すつもりはないし、優雄はやっと先程信じ始めたところなのだ。だが彼女は自分のせいで巻き込まれてしまったのだから、説明するべきだろうか。そう思い、薫の方を見ると口元を動かしていた。相変わらず理解できない言葉だが、呪文だという事は何となく分かった。

「ごめんなさい」

 そう一言謝ると、薫は指を木内の額に当てた。途端に彼女の身体が崩れ落ちる。

「うわっと・・・」

 頭を打たないように支えて、ゆっくり横たえる。鼻からは規則正しい呼吸音が聞こえた。眠っているようだ。

「しばらくすれば眼が覚めます。その頃には先程までの記憶は忘れているはずです」

「そうか・・・」


 魔法って便利。薫、すごい。


 思わず心の中で称賛する優雄である。

「では今のうちに帰りましょう」

「帰るって・・・俺の家にか?」

 彼女が向かおうとしたのは優雄の自宅に向かう道。


 てっきり元の世界に戻ると思っていたのに。


 ・・・何故そう思ったのか、自分でもよく分からなかったが。

「勿論ですよ? 他に寄る所があるなら仰ってくださいね」

 ニッコリ笑う彼女が、本当に優雄を大事にしてくれているのがよく伝わってきた。本当は一刻も早く元の世界に連れ帰りたいだろうに。だから優雄は決心した。その決意を口にする。

「・・・薫。元の世界に戻ろう」

「・・・!」

 薫は言葉を失ったかのように口を手で押さえる。

 彼女が驚くのも無理はない。普段の優雄ならば、元の世界に戻りたいなどと言うわけがないのだ。それを知っていて、彼女も無理に連れて行こうとはしなかったのだ。

「ここにいたってミシュレみたいに他の堕天使が来るかもしれない。そしたらまた無関係の人が巻き込まれるかもしれない。そんなの俺は嫌だ。良い思い出はあまりなかったけど、死んでほしい人間なんて誰一人いないんだ。・・・俺がこんな事言うの、可笑しいか・・・?」

 あまりにも喜色を湛えた眼で見てくるものだから(というか涙まで浮かべている・・・)つい気恥ずかしくてそっぽを向いてしまう。しかも彼女が何も言わずに優雄の胸に抱き付いてきたので、顔が真っ赤になっている事請け合いである。

「は、早く行こう! 早く!」

 平静を保とうとしても声が上擦っていては意味がない。今の優雄は相当可笑しな人になっているだろうが、薫は笑わないでいてくれた。本当に優しい、良い子だ・・・


「私の手を握ってください」


「はいぃっ?」

 ほろりと感動している時にこのセリフ。つい声が裏返ってしまった。

(恥ずかしがってる相手に何を・・・っ)

「空間転移魔法であちらの世界に向かいます。手を離さないようにお願いします」


 あ、そういう事か・・・。一人で勘違いして突っ走って、何やってるんだか・・・。


 思わず溜息を吐く優雄である。

「? どうしました?」

「な、何でもない、何でも・・・」

 可愛く首を傾げる彼女の手を慌てて握る。男とは違って柔らかい感触がなんとも気持ち良くて、動悸が激しくなりながらも安堵した。

(別の世界に行くって、少し怖いしな・・・)

 気弱な部分が治ったわけではないので、戸惑いはある。手の震えに気付いていても薫が何も言わずに力強く握ってくれるから、「やっぱりやめよう」なんて言わずに済んでいるのだ。

「行きますよ?」

 なんだかファイナルアンサー? と訊かれたような気分だ。

 優雄は躊躇いを振り払うようにコクリと大きく頷いた。

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