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2 俺の前世はただの人間ではなかったらしいです。・・・信じられるか。

「何だったんだ・・・」

 家に帰ってきた優雄は、晩御飯を作りながら一人ブツブツと呟いていた。

 昼休み、眼が覚めた時は薫はちゃんと人間の姿に戻っていて、心配そうに声をかけてくる彼女からつい逃げてしまった。頭の片隅で悪い事をしたか、と思わないでもないが、あの状況では誰だって逃げたくもなるだろう。

 その後、いつもより陰湿になったいじめにあったが(薫につれなくされた八つ当たりだろう、主に男子)、薫の事で頭がいっぱいで普段以上に無関心になっていたかもしれない。

「・・・夢だった。うん、そう考えればいい」

 一応の結論を出して心の平穏を取り戻したところで、出来たご飯をリビングに持っていく。席についてさあ食べよう、というところで、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「こんな時間に・・・?」

 時計は七時を指している。こんな時間に訪ねてくる客に心当たりなどない。

 首を傾げつつ、インターホンの受話器を耳に当てると、聞こえてきたのは・・・


『こんばんは! 優雄様!』


 先程まで心を乱してくれていた張本人の声だった・・・。

「・・・何でうちに・・・」

『優雄様と一緒にいたいからです』

 こんな美女に言われれば誰だって断れないだろうとは思う。が、昼休みのあれが記憶にあるうちは素直に頷く事も出来まい。

「悪いけど、俺忙しいんで・・・」

『だったらお手伝いします! 家事は得意ですから!』

「いや、別にいいから・・・」

『それに大事な話もあります』

「・・・・・・」

 大事な話とやらが何かは見当もつかないが、ここまで必死だとこっちが悪いような気がしてくる。嫌な予感を覚えつつも、仕方なく優雄は玄関の鍵を開けに向かった。



「で、話って?」

 晩御飯を食べるところだった優雄は、薫が持ってきた弁当も併せて二人でご飯を食べていた(薫は優雄と一緒に食べるつもりだったらしい)。

「勿論昼休みの続きです」


 続きがあったのか・・・。てっきり人違いだったと理解して諦めたと思っていたのに。


「本当に人違いじゃないのか? 俺は君の事全然知らないんだぞ?」

 思わず箸を止めて訊いた。昼にも同じ質問をしたが、「会っている」と言われても全く覚えがない。

「無理もありません。私達が会ったのはおよそ百年ほど前ですから」


 ・・・薫が言う事は大抵ぶっ飛んでいる。


 そう脳裏に刻んだ優雄は食べる手を再び動かしながら黙って聞いていた。

 薫は食べ終わって箸を置きながら続ける。

「百年前、優雄様はこことは違う世界におられました。そこは天界、地界、人間界と三つの世界が隣り合わせている世界です。天界には天使が、地界には堕天使が、人間界には人間が暮らしているんです」

 遅れて食べ終わった優雄も箸を置いて、彼女の話を真剣に聞くべきか、と悩みながらもなんとはなしに聞く。

「天使は天界と人間界を行き来でき、堕天使は地界と人間界を行き来できました。人間は他の世界には行く事が出来ません。ここまではよろしいですか?」

「・・・ああ」

 もうこうなったら自棄だ、最後まで聞いてやろう、と腹を据えた。

「そこでのあなたはユリウスという、天使と人間との間に生まれた存在でした」


 だから『ユウ様』と呼んでいたのか。


 優雄は心の中で思う。

「ユリウス様は天界からの仕事で、人間界で堕天使の監視をしておられました。彼らが悪事を働かないように。彼は誰にでも優しくて、気さくな人柄で、人間達から随分慕われておりました。私はユリウス様に助けていただいてからはずっと行動を共にしておりましたので、ユリウス様がどんなに素晴らしい方なのか、よく知っております」

「・・・・・・」

 薫の言うユリウスとやらが、自分と同じ人間(天使というべきか?)だとは思えなかった。それだけたくさんの人間に慕われる素晴らしい人間だったなら、今の自分とは雲泥の差だ。

「ユリウス様は剣の達人であり、魔法の使い手でもありました。天界でも人間界でも、彼ほど優秀な使い手はほとんどいませんでした。ですが・・・」

 眼をキラキラ輝かせて嬉しそうに話していた薫の様子が、突然変わった。

「ただ一人、ユリウス様と同等の力を持っていた堕天使が突如人間界を脅かし始めました。彼の名はアイヴズ。地界の堕天使達を率いて人間界でたくさんの人間を奴隷にしたんです」

「・・・奴隷?」

 学校の授業くらいでしか聞かない言葉に、優雄は眉を顰めた。

「堕天使は人間に契約を持ちかけるんです。その人間の望みを一つ叶える代わりに、見返りとして奴隷にさせる契約を。そうなると生き死にも堕天使次第です。寿命は堕天使と同じになりますが、死ねと命じられれば死にます。そして契約した人間が死ぬと、その魂は生まれ変わる事が出来なくなり、永久に彷徨うようになります。憎しみを募らせた魂はやがて地界に堕ち、理性をもなくして魔獣になってしまいます」

「魔獣・・・」

 聞いた事もない名前だ。思わず呟くと、薫は悲しそうな表情になって頷く。

「魔獣は人間界に這い出て、人間を襲います。誰かに倒されるまで、ずっと・・・」

「・・・じゃあ倒されれば魔獣になってしまった魂は救われるんだな?」

 いつの間にか真剣に話を聞いている事に気付かず、身を乗り出す。

「ある意味では、そうですね・・・」

「? どういう意味だ?」

「・・・倒された時点で魂は消滅してしまうんです。まるで存在していなかったかのように。理性を失っているとはいえ、元は人間だったわけですから、人間を手にかける事はとても苦しい事・・・。それから解放されるなら、本人の救いにもなるかと・・・」

「・・・・・・」

 優雄は質問してしまった事を後悔していた。そもそも薫の話は突拍子もないものだ。信じそうになっていた自分に、無理矢理突っ込みを入れる。

(何で俺はこんな話を信じそうになってんだ? 有り得ないだろ)

 頭を振って後悔した事を振り切ろうと躍起になっていると、薫はそれを悲しんでいると受け取ったのか、話を続けた。

「人間界が悲しみに沈む中、それを救ったのがユリウス様です。堕天使から人間を救い出し、アイヴズを封印して人間界に平和をもたらしたのです」

 薫の言動からユリウスが英雄視されている事は分かっていた。だが聞けば聞くほどそんなすごい人物の生まれ変わりだとは思えない優雄は、放っておかれていた皿を片付ける事で話を終わりにしようとした。

「優雄様?」

「悪いんだけど、俺疲れてるからさ。今日のところは帰ってもらえるか?」

 そう言うと、薫は申し訳なさそうに頭を下げてきた。それにつられて柔らかな髪が肩から零れ落ちる。

「すいません、そんなにお疲れだとは思わず・・・ではここは私が片付けておきますので、優雄様はお休みになってください」

「いや、いいよ。君も早く休んだ方がいいだろう」

 眼も合わせず台所に向かう優雄に、薫は何かを感じたのかそれ以上何も言わずにいてくれた。


 変な態度をとってしまった。


 静かに帰っていく薫の背中を見送りながら、優雄は溜息を吐く。

 薫は何も悪くない。ほとんど自分の八つ当たりだ。

 自分こそ申し訳ないという思いに、肩を震わせる。

(明日、謝った方が良いかな・・・)

 皿を洗いながら、再び大きな溜息を吐く優雄だった。

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