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17 木内響香の独り言

 おかしい。絶対おかしい。何であたしがこんなにドキドキしてるわけ!?


 木内は教室から出て行く『彼』の背中を見ながら、顔を赤くしていた。

 相手はこれまでずっと苛めてきた近藤優雄である。

 最近美形だという事が判明し、苛める者は誰もいなくなっていたが、何故自分が近藤などにドキドキしなければいけないのか。

 先程眼が合った時に笑顔を向けられ、心臓が破裂しそうなほど高鳴ってしまった木内である。無視するように顔を逸らして、可愛げのない態度をとってしまったのだが。

 この間、放課後(と言っても夜とも呼べる時間だった)に学校へ忘れ物を取りに行った頃からおかしいと感じている。

 忘れ物など使用人に取りに行かせればよかったのだが、あの日はムシャクシャしていたため外の空気を吸いたくなったのだ。

 その学校に向かう途中で、近藤に会った。まだ眼鏡をかけて顔を俯けていた時だ。

 彼は転校生の華岡薫と一緒だった。転校初日から何かとベタベタと見せつけていた二人である(何も見せつけていたわけではないのだが)。


 このムシャクシャした気持ちを吐き出せる。


 そう思って、嬉々として二人を罵った。

 華岡の方はほとんど表情を変えていなかったのでつまらなかったが、近藤の方は見るからに落ち込んでいた。おかげで溜飲が下がり、楽しい気分にもなった。

 だが、その後の記憶が曖昧なのだ。

 学校の門をよじ登った事は覚えている。だがその後グラウンドの真ん中で眼が覚めるまで、何をしていたのかが分からない。

 一瞬病気か何かで気絶でもしていたか、と思ったが、最近受けた健康診断では全くの健康体だと医者に言われているし、怪我もない。家に帰って何度も確かめたほどだ。

 そして、自分の頬に残る微かな温もり。

 まるで誰かが手を当ててくれていたように思えるのだ。

 その時脳裏に過ったのは近藤の顔。しかも眼鏡を取り外した綺麗な顔の方だ。

 近藤の素顔を見たのはもっと後のはず。なのに何故自分は知っていたのだろう。


 そんな事より、何であいつの顔が頭に浮かぶのよ!


 思わず叫んで悶えてしまったため、使用人に訝しげな眼で見られてしまった。

 とにかく今の自分はおかしい。近藤が華岡とベタベタしているところを見て嫌な気分になるのも、彼の姿をつい眼で追ってしまうのも。


 これではまるで恋しているようではないか!


 と心の中で怒鳴った時、ハッとした。

「恋。まさか近藤相手に恋?」

 即座に否定しようとしたが、思考がそこから離れない。

 木内は最近男に振られた事を思い出した。相手は父親の会社で働く部下だ。格好良いし優秀でもあったから、会った時から好きだと思っていた。だが向こうにはすでに恋人がいて、結婚も考えていると言う。告白する前から振られたわけだ。

 この間ムシャクシャしていた原因がそれだが、自分ではその男に恋しているつもりだった。だが今抱いている気持ちはそれの比ではない。

 やはり、自分は近藤に恋しているのだろうか。

 誰かに相談しようにも、相手がいない。父親は仕事で忙しいので家にいる事があまりないし、母親は自分を着飾る事に夢中だ。こんな事を相談できる友達も思いつかない。

 そうなのだ。学校では自分の背景を気にしてへつらう奴ばかりで、友達と呼べる人がいないのだ。

 そこに思い当たった時、とても寂しくなった。これまでそんな事、一度も思った事などないのに。

 そんな自分が嫌で、学校に登校しても擦り寄ってくる連中は遠ざけた。そうすると自分は一人なのだと余計に実感したが、もう媚びへつらう連中を見るのはウンザリだった。

 そんなある日、珍しく近藤が一人でいるところに出くわした。いつもひっついている華岡は見当たらないし、あのやたらと眼つきが鋭いアイヴズとやらもいない。

 近藤は学校の裏にある小さな温室の前にいた。ずっと前から手入れはされておらず、誰も近寄らないはずの温室である。

 木内は相手に気付かれる前に壁に身を隠した。そっと顔だけを覗かせる。

 すると近藤は温室の中に入っていった。

 中は荒れ果てているはず、と思い、開け放されている扉から中を覗き込んだ。すると、


 な、何これ・・・!


 思わず叫びそうになり、慌てて口を閉じる。

 中はまさに森と言ってもいいほど緑が溢れていた。陽光を浴びて色鮮やかに咲く花々がとても眼を惹く。しかも綺麗に整えられ、中央には休憩用か机と椅子が置いてある。

 ついこの間まで荒れ放題だった温室が、見事に様変わりしていた。

 木内は知らない事だが、優雄は魔法を使って温室の中を整え、たくさんの植物を植えた。薫、アイヴズ、ミシュレの三人が安心して休憩できる場所を作るために。昼休みは屋上よりもここにいる事が増えている今日この頃だ。

 近藤は植物に水を与えていた。その顔には優しそうな微笑が浮かんでいる。

 それを見て、またもドキリとした木内である。


 やっぱり自分は近藤に恋を―――


「何やってる?」

「ひっ!」

 突然後ろから声をかけられ、飛び上がるように振り向いた。そこにいたのは・・・

「お前、木内だろ。こそこそ覗くマネして、悪趣味だな」

 真紅の眼で睨んでくるアイヴズだった。

 彼から放たれる威圧感は圧倒的だった。身体が動かず、冷や汗が背中を流れ落ちる。そんな怖い思いをしながらも、木内はこの威圧感に覚えがあるような気がして不思議に思っていた。

「アイヴズ。あなたの言いたい事は分かりますが、あまり脅さないでください。優雄様に怒られますよ」

 木内を救ってくれたのは華岡だった。彼女の言葉に、アイヴズはチッと舌打ちして温室の中に入っていく。

「大丈夫ですか?」

 華岡にハンカチを差し出されて、頷きながら額の汗を拭う。全身が汗でびっしょりだった。

「気にしない方が良いですよ。彼はいつも機嫌が悪いですから」

 そう言って笑う彼女が、眩しく見えた。前にはっきり悪口を言ったのに、それを気にした風もなく接してくれている。

「大丈夫?」

 更に温室の中から近藤がやってきた。全身汗だくの木内を見て、アイヴズをジロリと睨む(教師ですら直視できないと言うのに)。

「ごめんね。もし気分が悪くなったのなら、保健室に行くかい?」

 優しい微笑付きで、優しい言葉をかけてくれた。怖い思いをしたせいか、胸に沁みて涙が溢れてくる。・・・今まで泣いた事なんてなかったのに。

「ど、どうしたの?」

 近藤にあたふたと訊かれたが、自分でも涙を止める事が出来ずに戸惑っているのだから、答える事など出来ようはずもない。

 ついには嗚咽まで漏れてしまい、二人を驚かせてしまった。



「落ち着きました?」

 華岡に訊かれて、小さく頷く。

 木内は彼女に誘われて、温室の椅子に腰かけていた。近藤とアイヴズは入ってこないように、と彼女に厳命されて、温室の外にいる。

「これ、ありがと・・・」

 鼻をすすりながら借りたハンカチを返そうと持ち上げたが、自分の汗と涙が染み込んでいる事を思い出してやめた。

「・・・洗濯して返す」

 そのままポケットにしまう。

 華岡は優しい笑顔で頷いてくれた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 しばらく沈黙が続く。何を言っていいのか分からなかったからだが、流れる時間が優しく感じられて、別に嫌ではなかった。

「・・・木内さん」

 やがて、彼女の方から声をかけてきた。

「あなたも優雄様が好きなのですね」

「なっ・・・!」

 思わずガタンと立ち上がる。

 確かに最近はその事で悩んでいたが、他の人に指摘されると恥ずかしくてつい否定してしまう。

「そ、そんなわけないでしょ! 何であんな奴―――」

「私も好きです」

 だが彼女は自分の事などお構いなしに続ける。

「自分の命よりも大切な方です」

 そこまで言うか、と思うほどはっきり言ってくる。彼女の瞳には穢れのない、愛情の念がはっきりうかがえた。

「・・・強いね、あんた」

 力なく座り込みながらポツリと呟くと、彼女は苦笑して首を振る。

「強くないです。もしそう見えるなら、優雄様のおかげですね」

「あいつの・・・?」


 一体何があったのか。


 問うような眼で見上げるが、華岡は懐かしむような表情で笑うだけで、何も教えてはくれなかった。

「・・・ずっと思ってたんだけどさ。あんたいつも馬鹿丁寧な話し方してるじゃん。それ以上に、近藤を様付で呼んでるでしょ。何で?」

 木内に悪気はない。ただ思った事を口にしただけだ。華岡もそれは分かっているのか、気にせず答えてくれた。

「あの方が命の恩人だからです。詳しくは言いませんが、尊敬していると思っていただければ」


 尊敬、か・・・。


 素直に感情を吐露する彼女が羨ましい。プライドの高い自分にはなかなか出来ない事だ。そう思ってジッと碧眼を見ていると、彼女もジッと見返してきた。

「素直になれますよ、あなたも」

「え・・・」

 心を読まれたのかと思った。あまりにもタイミングが良かったから。

「先に言っておきますが、心を読んだわけではないですよ。顔に書いてあります」

 クスクスと笑って言う彼女に、思わず顔に手を当てる木内。

「・・・そんなに分かりやすかった?」

「ええ。同じ人を好きになっていますから」

「・・・そっか」

 今度はもう否定しなかった。むきになって否定しても、彼女には筒抜けなのだ。だから出来るだけ素直になろう、そう思って続ける。

「でもさ、あいつはあんたが好きなんだろ。いつも一緒にいるし」

「いいえ」

「え?」

「優雄様は恋愛という意味では私を好きではありませんよ」

「何で? カップルみたいにベタベタしてるじゃん」

 眼を丸くして訪ねると、華岡は苦笑混じりに溜息を吐く。

「周りにはそう見えるのですね。ですが優雄様は、父親や母親のつもりでいると思います」

「親? あいつが?」

「はい。昔色々ありましたから・・・」

 その辺を詳しく訊きたいと思ったが、先程と同じように教えてはくれないだろう。木内は首を傾げながらも、話題を変えた。

「あたしこういう事話せる友達っていなかったんだ」

「え? いつも一緒にいる方達は?」

「あいつらはあたしのバックグラウンドにしか興味ないよ。知ってるでしょ? あたしの家が金持ちだって。だからあいつらに相談なんてした事ない」

「・・・・・・」

「でも何か、あんたと話してすっきりした。もう悩むのもやめるよ。こんなのあたしらしくないし」


 そう。自分らしくない。恋だ何だとウジウジ悩むなんて、全然あたしらしくない。


 思い切って立ち上がると、何故か悲しそうに眉を寄せている華岡に手を掴まれた。

「諦めるつもりですか?」

 ドキリとした。思わず手を振り払う。

「人を好きになる事は良い事ですよ。その気持ちは大事です」

「・・・何であんたが言うの。近藤が好きなんでしょ。あたしが、好きだって言ってもいいわけ?」

「それはあなたの自由です。私がどうこう言う権利はありません。ですが諦めるのだけはダメです。ずっと後悔する事になります」

 木内以上に悲しそうに、彼女が言う。

「私も死ぬほど後悔しました。ずっとあの方の傍にいればよかったと。だからもう離れない、そう決めているんです。優雄様が振り向いてくれるまで、待ちます」

「・・・・・・」

 彼女の言葉はとても説得力があった。それは真剣な顔のせいかもしれないし、気圧されるような雰囲気のせいかもしれない。

「・・・分かった。考えとく」

 やはり自分は素直じゃない。そう思いながら、彼女が笑ってくれたのでまあいいか、とも思った木内である。



 それからは薫(彼女にそう呼べと言われた)とは何度も相談し合った。近藤の事だけでなく、家族の事や学校の事まで色々な話をした。この二人の関係をこそ友達というのだろう。彼女のプライベートについてはあまり詳しく聞いていないが、そのうち話してくれるだろうと待つつもりだ。・・・せっかちな自分はどこへいったのかと思うが。

 以前薫の悪口を言った事は謝った。勿論近藤にも謝ったが、緊張のあまり上擦った声になってしまったと思う。それでも彼は笑って許してくれた(更に惚れた事は言うまでもない)。

 薫はそれに乗じて告白してはどうか、と言ってくれたが、それだけはやめておいた。彼女の口から、近藤に自分の気持ちが伝わっている事は聞いたので、それで充分だと思ったのだ。自分の口から言うのはもっと素直になれてからだ。・・・せめて高校卒業までには素直になりたいものだが。



 それから数日経って、薫に温室に来るよう言われた。大事な話があると言う。

「薫!」

 温室の前で待っていた友人に手を振る。こちらに気付くと花が咲いたような笑顔で迎えてくれた。

「大事な話って何?」

 首を傾げて問うと、薫は一瞬迷うような素振りを見せたが、すぐに何でもないかのように笑う。彼女に促されて、温室の中へ入った。

「あ・・・」

 中には近藤とアイヴズの他に、もう一人黒ずくめの男が座っていた。会った事があるような気がするが、どこでいつ会ったのかまでは分からない。だが彼を見た途端に、身体が震えだした事でそれは確信に変わる。


 怖い、怖い、怖い・・・


 心の奥から込み上げてくるのは恐怖。何故かは分からないが、その男がとても怖かった。

「やはり恐怖は覚えているのだな」

 男が口を開いた。その低い声にも聞き覚えがあるような気がして、ひくっと喉を鳴らす。

 思わず一歩後退ると、薫に肩を抱かれた。

「大丈夫。私と優雄様がついているから」

 肩に置かれた手はとても温かい。おかげで身体の震えが少し止まった。

 薫に促されて、空いている椅子に座る。そこは近藤と薫に挟まれる形の配置だった。二人が守ってくれているかのようだ。

「ごめんね。怖い思いさせる事になると分かってたんだけど、真実を話した方がいいと思って。薫の親友なのだし」

 薫の親友。近藤のその言葉が更に木内を勇気づけてくれた。

「真実って・・・?」

「・・・俺達の事、そしてこの間の夜にあった事だ」

 そう言って一度肩の力を抜くように言われ、ハーブティーを勧められた。一口飲むと爽やかな味が広がり、ざわざわしていた心も落ち着いてくる。

「長い話になるし、君が信じられないような話だ。もしどうしても聞くのが嫌なら、やめておく。どうする?」

「・・・・・・」

 最初は迷っていた。

 眼の前にいる男達に対する恐怖が消えたわけではない。もし話を聞けば、何か引き返せないところまで行ってしまいそうだと思ったからだ。

 だが真実を聞きたいとも思う。

 無意識のうちに薫に借りたハンカチを握り締めていた。彼女に返しそびれていたのだ。

 木内は心配そうにしている薫の顔を見た。次いで、近藤の顔を。

「・・・聞く。薫の事、知りたいと思ってたから」

 そう言うと、二人が安堵したように笑ってくれた。その笑みが身体の震えを止めてくれる。

「まず俺の前世の話から―――」

 そうして、木内は彼らの長い話を聞いた・・・。


 この後、木内の心が入り乱れたのは言うまでもない。

これで完結です。

読んでくださった方々には厚く御礼申しあげます<(_ _)>ペコリ

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