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15 ある休日の過ごし方 4

「やはり優雄様はすごいですね」

 しばらく抱擁を交わした後、街に向かって歩き出した二人。

 薫が突然持ち上げてくるので、何? と見返す。

「空間転移魔法の事です。私が優雄様をこちらにお連れした時、半日ほど時間がずれてしまいましたが、今回の優雄様の魔法は時間のずれがありません。それは優秀な証です」

「ああ・・・」


 すっかり忘れていた。


「でも補助系や回復魔法はローズの方が得意だろう? 大した事じゃないよ」

 そう言って微笑むと、彼女は照れたように頬を赤くした。

 やがて白い外壁が見えてくる。白亜の街、カエラスの象徴である白い建物が。

 正門ではほぼ顔パスで通り、薫と共に街路を歩く。すると、

「あ、まさかずさま! ローズさま!」

 前から舌足らずではあるが元気いっぱいの声が聞こえてきた。満面の笑みで迎えてくれたのはウェンディだ。その小さな姿に向かって優雄と薫は手を振る。

「今日はローズさま、おっきいね」

 眼を丸くして見上げてくる彼女の口がポカンと開いた。二人はその様子に微笑みを浮かべる。

「そんなに口を大きく開けていると、虫が入るわよ」

「え、やだっ」

 慌てて口を押さえる彼女が抱き締めたくなるほど可愛い。


 ・・・ロリコンじゃない、ロリコンじゃない。


 再び心の中で念じる優雄である。

 ウェンディを真ん中に、手を繋いで露店が並ぶ道路を歩いた。

 大人達から声をかけられ、それに答えながらぶらぶら進んでいると、ふと眼についた売り物に優雄は反応する。

「これ、向こうの世界のフライドポテトに似ているな」

 小さな入れ物に今にもこぼれんばかりに盛られたお菓子。昔にはなかったものだから、最近出来たのかもしれない。

「これおいしいよ。果物のあじがするの」

 ウェンディに勧められ、二つ買って三人で分けた。口に放り込んでみると、なるほど、確かにフルーツの味がする。見た目はフライドポテトなのに、ミックスジュースのような味わいだった。唯一つ違うのは、噛むごとに果汁のようなものが出てくる事か。

 立ち食いではゆっくり食べられないので、少し進んだ先にある広場に落ち着く。中央には綺麗な水を噴き出す噴水があり、数人の子供が遊んでいた。

「みんな楽しそうだね」

 鬼ごっこをしているのか、きゃっきゃとはしゃぎながら追いかけ合いをしている。顔中が口になったかのように笑う子供達を見ていると、こちらの顔にも自然と笑みが浮かんでくる。薫も同じように眼を細めて見守っていた。

「あ、ゆりうすさまだ!」

 そのうちの一人がこちらに気付き、指を差して大声を上げた。ウェンディよりも幼い子で、好奇心でいっぱいの瞳をしている。

 そのおかげで他の子供達も優雄に気付いてしまい、ワーッと寄ってきた。

「ゆりうすさま! あそぼ!」

「あそぼ!」


 可愛く首を傾げてせがむ子供達を前に、断る事など出来ようか。


 優雄は顔を綻ばせて快諾した。

 残っていたお菓子はみんな子供達の腹に収まり、薫、ウェンディも一緒に参加する。鬼ごっこは大人である優雄と薫が有利に思えるが、この街を知り尽くしている子供達は隠れるのも上手く、結構体力を消耗させてくれた。

 昼食はみんなで露店の物を買い食いした。子供達はお腹いっぱいになってもお菓子を欲しがるから大変だ。お腹を壊してしまったらご両親に申し訳ない。

 飴なら大丈夫だろうと買い与えると、子供達は途端に大人しくなってしまった。この飴がまた大きなサイズで、口に入れるのも一苦労なのだろう、喋る事もせず、舐める事に夢中になっている。

 つかの間の平穏を得て、優雄と薫は苦笑しながら顔を見合わせた。

「やっと大人しくなったな」

「子供は元気が一番ですよ。この分なら夜になればすぐに寝てしまいますね」

 薫が言うには、幼い子供を持つ親は夜に寝かしつけるのが大変だといつもぼやいているという。特にウェンディと仲が良い薫はそういう話をよく聞かされているらしい。

「小さい頃のローズはそうでもなかったね。寝付きは良い方だった」

「それは・・・ウェンディよりも大きかったですし」

 確かに会った当初の頃は人間でいえば十歳ぐらいで、眼に入れても痛くないほど可愛かった事を覚えている。


 ・・・って親バカか。


 パタパタと手を振って昔の記憶を隅に追いやっていると、薫が「あ」と声を上げた。

「どうした?」

「・・・益々お疲れになるかもしれません」

「え?」

 彼女の視線を追うと、馬に乗ってゆっくりとこちらへ向かってくる人物が。

「優雄様!」


 ・・・アリウス王だ。


 思わず顔をゲンナリさせた優雄である。

 アリウスは優雄の眼の前まで来ると、羽織っていたマントを翻しながら見事な動きで鞍から降りた。


 ・・・意味あるのか分からんが。


 たくましい身体は重さも随分あるようで、彼が乗っていた馬が明らかに軽くなった、という表情でぶはあと鼻息を出しているのが笑える。

 腹に力を入れて笑う事は避けたが、肩が震えるのはどうしようもない。

 優雄の苦労には気付かず、アリウスはいつものオヤジくさい笑い声を上げてくれた。

「お久しぶりですな~。こちらの世界にいらっしゃっていたなら、我が城にもお越しくだされば良かったですのに」

「は、はあ・・・」


 それだけは避けたい、とは口が裂けても言えん。


 いくら相手が自分を好意的に見てくれていても、王様相手に暴言はまずいだろう。

 またお国自慢が始まるのか、とウンザリしていると、飴をやっとの事で舐め終わった子供達が「あそぼ」と誘ってくる。これ幸いとばかりに子供達を抱き締めた。

「今日はこの子達と遊ぶ約束がありまして。お城へはまた今度・・・」

「そうですか・・・。残念です。私はこれから少し用事で城を留守にしなければなりませんが、ゆっくりしていってください」

 用事があったのか、と彼の後ろを見ると、お伴の者が二人、馬に乗ってやってきた。ボディーガードらしい。というか、彼ほどたくましい身体を持っていればボディーガードなどいらない気もするが。

 彼は再び騎乗すると、後ろの二人を伴って駆けて行った。

 見た目はオヤジだし、暑苦しい人だが、その豪放磊落な性格はみんなに好かれているらしい。彼が通ると通行人はみんな頭を下げて見送っていた。

「・・・良い人なんだけどな」

 ポツリと呟くと、傍らの薫が苦笑しながら同意するように頷いた。

「些細な事にはこだわらぬ方ですから。その分国を愛していらっしゃいます」

「・・・まあ、それはあの人の態度を見れば丸分かりだしね」

 顔を見合わせて朗らかに笑う。

 長話を避けられた事は喜ばしいが、別に嫌いというわけではないのだ。


 今度城に遊びに行くか。


 その時は薫と一緒に行こう、と決めて、優雄はグッと気合を入れた。

 その後再び子供達に催促され、二人は体力の限界まで遊びに熱中したのだった。



 疲れた、とばかりに噴水の縁に腰掛けた時にはもう日暮れ時だった。街について教えてもらおうといろんな場所に案内されていたら、いつの間にかこんな時間だ。子供はもう家に帰る時間である。

「もうお帰り。親が心配するよ」

 優雄が優しく言うと、子供達は不満そうな顔をした。まだ帰りたくない、と顔に書いてある。だがあまり甘やかすのも躾上しつけじょう良くない。

 苦笑混じりになおも促そうと口を開いた時。

「ガキは早く帰れ。でないと堕天使に攫われるぞ」

 背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。振り返るまでもなく誰かは分かっているが、今のセリフの内容に心底呆れてしまう。

 親が子供に言い聞かせる時、幽霊や妖怪の存在をほのめかして注意する事がある。まあ幼い子供にしか効かない呪文だが、こちらの世界では堕天使や魔獣が恐怖の対象なので今のセリフのように親は口にしていた。

 が、相手が相手なので思わず「お前が言うか?」と返しそうになり、慌てて口を閉ざす。傍らの薫も肩を震わせていた。

 一方子供達と言えば、怯える風もなく優雄の背後を眼を丸くして見つめている。その可愛い唇が動いた。

「お兄ちゃん、誰?」

 子供というのは実に怖いもの知らずである。眼の前にいるのが堕天使だと知らない事もあるが、大人でさえ怖がる彼を真っ正面から見上げているのだ。真紅の瞳に見つめられるだけで怯える大人がいるというのに、だ。

 アイヴズは悪戯を思い付いた子供のような顔で言う。

「優雄の親友さ。俺様はだて―――」

「ちょっと待ったぁぁ!」

 彼の言葉を、強引に遮った。突然大声を出した優雄に、子供達の眼が一層丸くなる。

 優雄はアイヴズの手を引っ張って声が聞こえないだろう距離をとり、更に小さな声で囁いた。

「お前なぁ、自分から堕天使だって名乗ってどうすんだよ」

 だが彼はケロッとした顔で返す。

「信じねぇよ、どうせ。憧れのユリウス様が成敗してくださったんだって思ってんだからな」

「だからって笑い話にでもなると思うか? もし親に話して、大人が信じたらどうする! ここにいる事自体まずくなるだろうが!」

「そりゃお前はまずいだろうなぁ。なんせ人間にとっては英雄様だからな」

「はあ? 俺の事はどうでもいいだろう。俺はお前が―――」

 心配なんだ、と言いかけて、止めた。アイヴズの顔には相変わらず意地悪い表情が浮かんでいたからだ。

「・・・からかうな」

 げんなりと肩を落として言うと、彼はからからと実に楽しそうに笑ってくれた。

「お前は俺の心配だけしてりゃあいいんだよ。あんなガキども、放っておいても平和だろ」

「・・・嫉妬深い上に執念深いって、ガキかよ・・・」

「何か言ったか?」

「いーえ、何でも」

 肺の空気をからっぽにするかのように深い溜息を吐く優雄。


 ・・・ちょっとは仕返ししとくか。


 そう思いってアイヴズを連れて行き、目立たないように立っていたミシュレと共に子供達に紹介した。

「このお兄ちゃん達は俺の友達で、アイとミレだ。見かけは怖いが中身は優しいから、今度遊ぶ時は思いっきり構ってもらいなさい」

 顔を顰めたのはアイヴズだけで、ミシュレは無表情だった。案外子供好きなのかもしれない。

「おい、何だその女みたいな名前は。それに俺は遊ぶ気なんて―――」

「て事だから、もうお帰り。早く休まないと、遊んでもらえなくなっちゃうよ」

 またもや彼の言葉を遮り、子供達の背中を軽く叩いてやった。それでやっと帰る気になってくれたようで、チラチラと名残惜しそうに振り返りながらも家に帰っていった。

「何で俺様が女みたいな名前で呼ばれなきゃいけねぇんだよ、おい」


 こだわるのはそこか。


 内心のツッコミを口には出さず、優雄は友人の腕をパシリと叩いた。

「翼がなければ人間に見えるし、お前ならへまはしないだろうけど、正体バレないようにしろよ」

「分かってるよ」

 拗ねるかと思ったら、珍しくアイヴズが素直に返事をした。顔に出したつもりはなかったが、優雄の心の憂いを慮っての事だろう。

 アイヴズはプイッとそっぽを向くと、照れたように早足で広場を出て行ってしまった。

「・・・あんな人が可愛く見えるなんて・・・不覚です・・・」

 何やらズーンと落ち込んでいる薫が優雄の腕にもたれかかってきた。

「このままではあの人を図に乗らせるだけです。こうなったら、私も優雄様の家に居候すべきでしょうか・・・」


 おいおい、なんでそうなる。


 口調が真剣っぽいので、半ば本気で考えているようだ。

 優雄は彼女を宥めるために髪を撫でながら言った。

「男だけの家に女性が来るものじゃないよ。それに遊びに来てくれるだけで嬉しいんだから、ね」

 父が単身赴任中のために、優雄がほぼ一人暮らし状態なのを周りは知っている(アイヴズはあまり顔を見せないので知られていない)。そんな中に薫が来たら、あらぬ噂を立てられかねない。優雄自身は構わないのだが、彼女に嫌な思いはさせたくない。

 必死に説得して、何とか思い留まらせる事に成功する。


 こりゃ先が思いやられるなぁ


 ほんのちょっぴり、嘆いてしまった優雄である。

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