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14 ある休日の過ごし方 3

な、なんか恥ずかしくなってきた・・・(なぜに)

 もうすぐ昼時というところで四人は家を出た。目的地はデパートである。

 アイヴズが着る服を買うのが一応の目的だが、堕天使二人にこの世界について知ってもらうためにも積極的に外出しよう、と優雄が持ちかけたのだ。

 二人も満更でもないようで、道々嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 デパートに着くと、まず昼食を食べようと上階にあるレストラン街へ向かう。また例によって食物を必要としないはずの二人も嬉々としてメニューを覗いていた。

 食べ終わった後、アイヴズの服選び、のはずが途中眼に入ったゲームコーナーにアイヴズが向かってしまい、仕方なく三人もついていく。まあ、付き合っているうちに一緒になって燃えてしまったが。

 やっとアイヴズの好みに合う服を買い終わった時には、もう夕方だった。

 疲労を覚えながらも、満足感から顔を綻ばせていた優雄は、似たような表情をしている三人を見る。やはりみんな基が良いので、輝いているように見えるのは気のせいではないと思う。


 ・・・自分自身もそうだというのは全く気付いていない優雄だったが。


「ちょっとすいません」

 アイヴズが気に入っている電車で帰ろうと、駅に向かっていた四人は、突然声を掛けられて振り向いた。そこには薫ほどではないが、スラリとした肢体をパンツスーツに包んだ美女が立っていた。年齢は三十代ぐらいだろう。と言っても多少メイクがきついので、もしかしたら四十代かもしれない。

 女性は名刺を取り出し、優雄に渡しながら言った。

「あなた達、芸能界に興味はない?」


 ・・・スカウトか。


 優雄は内心でウッと呻いた。

 今まで一度もそんな類の勧誘を受けた事はない(顔を隠していたのだから当然だろう)。だから失念していたが、自分達はとても目立っていたはずだ(特に堕天使)。これ以上目立っては色々と面倒な事になる。

 そう思った優雄は、受け取ってしまった名刺を突き返し、「興味ありませんから」とアイヴズ達の背中を押した。薫は優雄の思いを理解してくれたらしく、何も言わずについてくる。

 だが女性はとてもしつこかった。つれない態度にも慣れているのか、気にした風もなく前に回り込んでくる。

「そんな事言わずに。あなた達なら絶対人気者になれるわよ」


 見ず知らずの人に保証されても。


 まあ、名刺に書かれていた事務所は、そういう事に鈍い優雄でも知っていた名前だが。そして彼女はそこの社長らしいが。

 とにかく何度断っても女性は嫉妬深い女の如くしつこかった。終いには普段温厚な優雄も怒鳴りそうになったぐらいである。だが・・・


「話だけでも聞いてやろうぜ」


 そう言ったのはアイヴズだ。

 別にフェミニストでもない彼が女性に思い遣りを見せるとは、と驚いた優雄だったが、彼の瞳を見てガックリと肩を落とした。真紅の瞳は面白そうだと言っている。もう、キラッキラと輝いていた。

「自分が堕天使だっていう事、忘れてないだろうな」

 耳元で囁くと、アイヴズは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「大丈夫だって。翼を消しときゃバレねえよ」


 ・・・実に簡単に言ってくれる。


 もう一押し、と瞳を輝かせている女性を見て、心から深い溜息を吐いた優雄である。



 次の日の日曜日。

 昨日の疲労を引きずっていた優雄は、やはりと言おうか、すっかり寝坊してしまった。まあ休みの日に寝坊もないが、アイヴズが元気いっぱいに起こしてくれたので少々頭が痛い。

 パンとハムエッグ、サラダにコーヒーという洋風の朝食の席で、アイヴズが言った。

「今日は一度地界に戻るぜ。堕天使どもが好き勝手しないように、支配者が誰か思い知らせておかないと」

 口の端を吊り上げて冷たく笑っている。が、彼が天の邪鬼な性格をしている事を知っている優雄としては、額面通りには受け取らない。


 素直にみんなが心配だって言えばいいのに・・・。


 苦笑を浮かべていると、それに気付いたアイヴズに睨まれてしまった。

「でも羨ましいなぁ。契約しても人間の俺は地界には行けないから」

 地界に行けるのは堕天使だけだ。他は魔獣になりかけの魂だが、そんなものはごめんである。

「何で羨ましがる?」

 ヒョイと片眉を上げたアイヴズがコーヒーをすすりながら訊く。

「他の堕天使にも会いたいんだよ。突然会いに来なくなったからなぁ」

「何ぃ?」

「あれ、聞いてないの? 他の堕天使とも交流があったんだよ、昔」

「それは知っている。もしかして、あいつらが会いに来なくなったのは妖精に会ってからか?」

「そうだけど・・・」

 それがどうかしたか? と問いかけて、友人がニヤリと意地悪く笑うので口を噤む。

「ふ~ん、そうか・・・」


 ・・・何かまずい事を言ったか?


 内心焦りを覚えるが、これ以上何か話せば地雷を踏みそうなので止めておく。

「じゃあ俺は行くぞ」

 アイヴズはコーヒーを飲み干すと、優雄が「行ってらっしゃい」を言う暇もなく転移魔法で行ってしまった。

「・・・どうなる事やら」

 やれやれと溜息を吐く。

 後片付けをするために皿をシンクに置いたところで、ピンポーンとインターホンが鳴った。訪問者が誰かは分かっている。なにせ彼女は毎日のようにやってくるのだから。

「おはようございます」

 今日は長い髪をポニーテールにした薫が、笑顔で入ってきた。

「おはよう」

 リビングで待っているように言うと、彼女はキョロキョロと辺りを見回しながらソファに腰掛ける。

「アイヴズの姿が見えませんが・・・」

「ああ、あいつは地界に戻ったよ。他の仲間が気になるんだろう」

「そうですか。出来ればそのまま帰ってこなくてもいいのですが」

「こらこら。そうしたらもう会えなくなるじゃないか」

 相変わらず仲が悪い二人である。

 薫としてはアイヴズが居候している時点で許せないらしい。追い出したい気持ちはあれど、優雄の親友兼契約主なので渋々文句を言うだけに止めているのだ。

「ですが、今日は優雄様と二人っきりなので悪く言うのはやめておきましょう」

 この『二人っきり』という部分に力が入っていて、薫の心情が如実に表れている。片付けを終えて隣に座った優雄に擦り寄る彼女はとても嬉しそうだ。

 良い香りがする髪を撫でてやりながら、でも、と優雄は不満を口にする。

「どうせなら俺も地界に行ければよかったんだが。他の堕天使にも会いたいからさ」

「人間は地界には行けませんからね・・・」

 ふむ、と薫は考え事をするように首を傾げた。そして何かを思い付いたのか、パッと立ち上がって優雄の腕を引っ張る。

「ならば人間界に行きましょう。カエラスの人々も、優雄様に会えれば喜びます」

 確かにカエラスで出会った人達にはもう一度会いたいと思っていたところだ。ウェンディも元気にしているか気になっている。

「そうだね。行こうか」

 顔を見合わせて頷き合うと、早速転移魔法で向こうの世界へ渡った。



 到着したのは前も通りかかった清浄の森。差し込む陽光が辺りを照らし、とても暖かで気持ちのいい場所だ。優雄はこの森が大好きだった。

 百年前、自分がユリウスだった頃、この森に来てよく昼寝をしたものだ。まだ小さかったローズも、ユリウスの翼の感触が好きらしくその上で一緒に昼寝をしていた。

「懐かしいな。またそのうち昼寝したいなぁ」

「そうですね。私はあの頃はまだ子供で、ユウ様の温もりに包まれているととても幸せでした」

「あ、でも今の俺は人間だから、君が気に入ってくれていた翼はないんだよな・・・」

「確かにユウ様の柔らかな羽は好きでした。ですがユウ様の懐に抱き締められている時の方が大好きです」

 はにかんだように言う彼女の言葉は、いつも自分の心に温もりを与えてくれる。今も揺るぎない信頼を湛えた瞳で笑ってくれている。


 だから彼女にもこの感謝の気持ちを返さねば。


 そう思い、そっと薫の背中に腕を回した。ギュッと懐に抱き締めると、嬉しそうに胸に擦り寄ってくる。

「君にはとても感謝しているんだ。今まで寂しい思いをさせた分も、幸せになってほしい」

 まるでプロポーズだな、と頭の片隅で思ったが、彼女に対して抱いているのは恋愛ではない。これは親愛・・・家族に対する愛だと思う。子供だったローズがある程度成長するまで見守っていたために、保護者の気分が抜けていないのだろう。


 もし彼女がそういう意味で愛を欲したら、自分は受け入れられるだろうか・・・。


 まるで優雄の心の声が聞こえたかのように、薫は顔を上げて微笑んだ。

「私は優雄様が大好きです。子供だった私に、愛情を注いでくれた事に感謝しています。今告白する事は簡単ですが・・・あなたがその気になるまで待ちます。私は長寿の種族ですから、いつでも待てますし」

「・・・俺の心を読んだ?」

 思わず訪ねると、彼女は可笑しそうに笑ってくれた。

「幸せにする、と言わずに幸せになってほしい、と仰いましたから。それにユウ様の頃から、あなたが親として傍にいてくださった事を知っていますし、ね」


 お手上げだ。


 女性の洞察力は鋭いと言うほかない。

 苦笑混じりに小さな溜息を吐くと、彼女の肩に顔を埋めた。日の光を浴びて輝く髪から良い香りがして、気持ちも落ち着くようだった。

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