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13 ある休日の過ごし方 2

 アイヴズに別れを告げ、人間界に降り立ったユリウスは、しばらくは旅を続けながら人間に紛れて普通の生活を送った。堕天使が現れれば即座に向かえるよう、気を張りながら。

 もともと人間界の生活を知りたいと思っていたので、仕事なのだからとこだわるつもりはなかったのだ。

 ミシュレに会ったのはその時だった。

「あれは・・・」

 旅の途中、ぶらぶらと散歩をしているかのように歩いている男を見た。全身黒ずくめで、辺りに人がいないので堂々と闇色の翼を見せている。

 ユリウスは腰に下げた剣に手をかけたが、相手が人間に契約を迫るでもなく、殺気を放っているわけでもないので、思い直したように手を下げた。


 堕天使について、詳しく知りたい。


 そう思ったのである。

 代わりに翼を広げ、男の眼の前に飛び降りる。

「天使・・・!」

 途端に眼を鋭くして睨んでくる男。

 彼が攻撃してくる前に、ユリウスは降参、と言うように両手を上げた。

「別に君を害そうなんて思ってないから」

「嘘をつけ! 天使はみんな信用できない!」

「それは同感だな」

 苦笑混じりに心から賛同を示すと、男は片眉を上げて不思議そうにユリウスを見た。

「お前も天使だろう」

「半分だけ、な」

 訳が分からない、と男は首を傾げる。

 多少雰囲気は和らいだが、まだ警戒している男に「ちょっと話さないか」と持ちかけた。その視線が腰の剣にちらりと向けられたので、鞘ごと外して地面に置く。それでやっと話す気になったのか、肩の力を抜いてくれた。

「私はユリウスと言う。君は?」

「・・・ミシュレ」

 小さい声ながらも答えてくれた事が嬉しくて微笑むと、男は眼を丸くして見返してくる。

「ミシュレか。私は堕天使を見るのは初めてなんだ。ついこの間まで天界にいたからな。噂では恐ろしい存在だと聞いているが・・・」

「だろうな。人間を契約によって縛り、奴隷にするのだから当然だろう」

「だが君を見ていると、恐ろしいとは思わないんだ」

「・・・・・・」

 彼の顔に戸惑いの色が浮かぶ。今までそんな事を言われた事がないのだろう。

 終いにはこいつ、正気か? という眼で見られてしまった。

「お前、本当に天使か? 天使は私達を見ると問答無用で殺そうとするぞ」

「他の天使については知らないな。なにせ私は嫌われ者だから」

「何だそれは」

「私は天使と人間の間に生まれたんだ」

 そう言うと、彼は有り得ないものを見た、と言いたげに顔を顰めた。

 無理もない。長い歴史の中で、神の手以外に生まれた天使はユリウスが初めてなのだ。

「だから他の天使とあまり交流がなくてね。君達についての知識はあまりないから、教えてほしいんだけど」

「・・・変な奴だな」

 そこでやっと警戒心を解いてくれたらしく、彼は口の端を持ち上げるだけの微笑を浮かべた。



 彼の話を聞くたびに堕天使に対する印象が変わっていく。プライドの高い天使に比べて、堕天使とは何と純粋な生き物か。

「堕天使である私の話を、信じるのか?」

 簡単にミシュレの話を信用するユリウスに、ミシュレ当人から言われてしまった。

 だが彼を疑う気にはならない。

 人間の血を引いているというだけで天使から疎まれてきたのに対し、彼はそれを知っても嫌な眼を向ける事がなかった。ユリウスにとって、理由はそれだけで十分なのだ。

「私は信じるに値すると思っているが」

 そう言うと、彼は照れたようにプイッと顔を逸らしてしまった。

 その後ユリウスとミシュレは何度か会い、親睦を深めていった。それだけでなく、ミシュレに話を聞いたのか他の堕天使まで会いに来るという、喜んでいいのか怒っていいのかよく分からない出来事もあったが、とにかく堕天使が本当は可愛い性格をしている事が分かって(本人に言えば殺されそうだ)良かったと思う。

 つい先程も、森を歩いていたら堕天使の一人がやってきて、剣の腕前を見せろ、と手合わせしたところだ。勿論こんな場面を天使に見られたらユリウスも罰せられるだろうが、知った事ではない。

「できる事なら堕天使になりたいぐらいだ」

 光が差す木々の間を歩きながらついぼやいていると、遠くの方から微かに悲鳴が聞こえてきた。多分、女の子の悲鳴だ。

 足で走るより飛んだ方が速い。なのでユリウスは翼を広げて、悲鳴が聞こえた方へ風の如く向かった。そこには・・・


「こないでぇ!」


 牙を剥き出している魔獣に噛みつかれそうになっている、掌に収まりそうなほど小さい女の子が泣いていた。花の妖精というやつだろう。あの小ささからすると、まだ子供だ。

 ユリウスは腰の剣を抜き放ち、魔法を込めて鋭く投擲した。光をまとった剣は弾丸よろしく魔獣に突き刺さる。猪に似た姿の魔獣は、最期に一声鳴き、どうっと倒れた。その身体が崩れるように塵となって跡形もなく消え去る。

 残った剣を回収し、妖精を振り返ると、彼女は怯えるように震えていた。ほっそりした足からは怪我をしているのか血が出ている。

「大丈夫かい? 今治してあげるから」

 安心させるように優しく微笑み、右手をかざす。淡い光の粒が傷口に降り注ぎ、見る見るうちに跡形もなく癒した。

「君みたいな子供が一人でいると危険だ。家まで送ろう」

 ユリウスの微笑みに安心したのか、手を差し出すと素直に乗ってくれる。だが今の言葉に対しては首を横に振った。

「わたし、親はいません。少し前にまじゅうにころされました」

 つまり今は一人だという事だ。


 まだこんなに幼いのに・・・。


 そう思って悲しそうに俯いた彼女の頭を撫でる。

「なら、一緒に来るかい? 当てもない旅だけど、一人だと寂しくてね」

 そう言うと、パッと顔を上げた彼女は、嬉しそうにユリウスの指を握ってきた。

「いっしょがいいです!」

「良かった。二人ならきっと楽しいよ」

 穏やかに微笑むと、頬を赤くした彼女が満面の笑みで頷いてくれた。



 それからの旅はずっとローズと一緒だった。

 彼女はユリウスの肩に座るのがお気に入りらしく、そこが定位置だ。時折頬をくすぐられたり、軽く抓られたりと悪戯もされたが、眼に入れても痛くないほど可愛がったのは言うまでもない。

 花の妖精は長寿の種族で、三百年は優に生きると言われている。彼女、ローズもそれぐらい生きると思うが、まだ幼いうちから両親と死に別れ、そんな状態でずっと生きるのはとても酷だろう。そう思ったユリウスは、本来注がれるはずだった親の愛を自分が代わりに注いであげよう、と心に決めた。それは自分を産んで亡くなった母の事があったからだが、ローズ自身に言うつもりはない。


 せめて彼女が幸せだと感じてくれれば良い。


 そう願って、ユリウスは彼女と旅を続けた。

 それからは何故か堕天使が会いに来なくなったが、自分に飽きたか、と胸の奥に悲しみを抑え込んで無理矢理納得させる。

 アイヴズも魂の導き手として仕事で下りてきた時はたまに会ってくれていたのだが、最近は姿を見せない。そちらも仕事が忙しいのだろう、と無理に思い込んでいた。が、それは間違いだった。

 なんと彼は自ら堕天し、人間を襲い始めたのだ。彼から何も聞いていなかったが、その理由は自分のためだと考えるまでもなく気付く。


 彼はとても優しい人だから。


 だからユリウスは決心した。命をかけてくれた彼に報いるために、自分も命をかけよう、と。

 ローズの事を忘れたわけではない。彼女を悲しませる事は分かっていたが、これ以上彼を、アイヴズを放っておけなかった。

 そして約百年後。近藤優雄として生まれ変わった自分は、みんなを幸せにする義務がある。勿論自分も幸せにならなければ彼らが悲しむのは分かっているので、義務だとかに拘るつもりはないが。



 長い話が終わり、喉の渇きを覚えて冷めた紅茶をすする。

 改めて薫を見てみると、その顔には嬉しいのか拗ねているのか、複雑な表情が浮かんでいた。まあ、彼女自身の話になると恥ずかしそうに頬を赤くしていたし、嬉しそうではあったから怒ってはいないだろう。

「勝手に俺が思い込んでいるだけなんだ、君は気にしなくていい」

「いいえ!」

 突然大声を上げた薫に、優雄だけでなく隣の部屋でゲームをしていたアイヴズとミシュレまで彼女を見た。

「優雄様にそう思っていただいている、それだけで幸せです。そして優雄様が幸せだと思えるよう、私も頑張ります!」


 力強く宣言してくれた。


 それが嬉しくて、恥ずかしくも涙が滲んでしまう。

「その気持ちだけでも嬉しい。・・・あ、時間だな」

 照れたせいでぶっきらぼうな言い方になってしまったが、彼女は気にせず「はい」と返事をすると、二つのカップを片付けに台所へ向かった。


 やっぱり良い子だなぁ。


 親ばか丸出しの優雄である。一応、今は薫の方が遥かに年上なのだが。

 そうして温かな気持ちで一人感動していると、突然背後から抱き付かれて吃驚してしまった。

「・・・勝手に重く考えてんじゃねえよ」

 伸し掛かりながら耳元で呟いたのはアイヴズだ。

 どうやら先程の話を聞いていたらしい(堕天使は聴覚に優れているので)。

「お前に心配されなくても俺様は自分で幸せになるに決まってるだろ」

 その言い様が彼らしくて、優雄は声を上げて笑った。

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