11 元の世界に帰ってきました。・・・幸せ、デスヨネ?
なぜに疑問系(笑)
キーンコーンカーンコーン・・・
学校のチャイムが昼休みを告げる。
鞄から弁当を取り出した優雄は、机の向こうに立った人影に気付いて顔を上げた。
「優雄様、一緒に食べましょう!」
ローズこと華岡薫である。彼女の手にも可愛らしい弁当が提げられている。
優雄が頷こうとした時、彼女を押し退けてある男子生徒が割り込んできた。
「俺様と食おうぜ。こんな女ほっといてよ」
黒髪、赤眼の美形。制服に身を包んだアイヴズである。勿論当人の性格を表すかのようにボタンは複数外れており、ネクタイなど丸めて胸ポケットに突っ込んである。
「こんな女とはなんですか! あなたこそ引っ込んでください!」
「はっ、お前なんかより俺様の方が付き合いが長いんだ。お前こそ引っ込め」
「そんな事関係ありません! それに優雄様との付き合いなら私の方が長いです!」
「どこがだ。人間界に降りてからの付き合いなど短い短い」
フンと鼻で笑うように言うアイヴズに、薫が眉を吊り上げて睨む。それでも美貌は些かも減じないところはさすがだ。
・・・というか、こんなところでそんな話をしていいのか。
またいつものようにギャイギャイ言い合う二人に、優雄は苦笑を浮かべる。
「二人とも、その辺にしときなよ。屋上で食べるんだから、みんな一緒に食べれば良いだろう?」
そう言うと不満そうに顔を歪めた二人だが、素直に従ってくれた。
だが言い合いを止める気はないらしく、相変わらず煩いまま屋上に向かって歩き出す。周りのクラスメイト達が眼を丸くしている事などお構いなしだ。
その後をついていく形で呆れの溜息を吐く優雄が続くが、教室を出ようとしたところで近くの席に座っていた木内と眼が合った。優雄は挨拶代わりに穏やかに微笑む。だが彼女は頬を赤く染めた後、プイッと顔ごと視線を逸らしてしまった。
まだ怒っているのか。あの夜の記憶はないはずなのだが。
「おい、ユリウ・・・じゃなかった、優雄! 早く行こうぜ!」
内心唸っていた優雄は、アイヴズに急かされて慌てて教室を出た。
異世界でアイヴズと契約を交わした後。
優雄とローズは一旦カエラスに戻り、アリウスにアイヴズの脅威は去ったと報告した。アイヴズを討ったとは言っていないが、向こうが勝手に誤解してくれるだろう。
誤解と言えば、破邪の谷に張られていた霧についてだが、あれは勿論邪気ではない。ユリウスが張った結界で、二重になっていたのだ。一つ目はアイヴズの封印。そして二つ目は誰も足を踏み入れられないようにする霧状の結界。中に入れば意識を失うが、時間が経てば回復する。後の人間がアイヴズが発する邪気だと誤解し、その上で破邪の谷、と呼ばれるようになったのだ。
そして優雄、ローズ、アイヴズの三人は優雄が生まれた世界へ戻り、こうして普通の学校生活を過ごしているのだった。勿論今までとは状況が一変している。
これまで眼鏡をかけ、俯く事で顔を隠していた優雄は、それを止める事で本来の容貌を曝け出した。だけでなく、暗かった性格も改善され、明るい表情を浮かべるようになった事で周りからのいじめがピタリと止んだ。まあ、例え苛められても今の優雄なら逆に跳ね返してしまうだろうが。
そして薫も今まで通り同じクラスメイトとして登校しており、益々優雄にベッタリ状態だ。それを快く思わないのが同じように転校生としてクラスメイトになったアイヴズである。
眼が赤いせいか、それとも本人が優雄以外の人間には冷たいせいか(恐らく両方だろう)、生徒どころか教師にまで恐れられていたりする(優雄は担任から相談までされた・・・)。
そんなアイヴズが唯一懐いているのが優雄なのだから、周りの眼も変わろうというものだ。
そんなこんなで美形三人組は登校早々注目の的になってしまったのである。
「なあ優雄。今日の飯は何だ?」
屋上に着いてアイヴズの第一声はこれだった。
基本堕天使は食べなくても生きていける。だが味覚はあるので味を楽しむ事は出来るのだ。そのためアイヴズは昔から大の酒好きだったのだが、最近は優雄の弁当にまで手を出しているので、益々薫の顰蹙を買っている。
アイヴズの喜ぶ顔が可愛くて弁当の中身に力が入ってしまう事は内緒だが。
「海苔の卵焼きと唐揚げとアスパラガスのベーコン巻きと―――」
中身を上げていると真っ先に唐揚げが一個アイヴズの口の中に消えた。
それを見て薫が眉を吊り上げるが、優雄が許しているので何とも言えず唇を噛んでいる。
「卵焼きも食べるか?」
嬉々として頷く彼に、優雄は笑いながら差し出してやった。
「餌付けだな」
その時突然頭上から聞こえてきた低い声。
三人の視線が上を向くと、ちょうどフェンスの上にミシュレが降り立つところだった。
三人の近くまで来て言う。
「これが地界の支配者の姿だとは思えんな」
「うるへー! はやふはえはふしほへよ。みふはっはらめんほふせえ(うるせー! 早く羽隠しとけよ。見つかったらメンドくせえ)」
そう返すアイヴズの言葉は卵焼きを頬張っているせいで不明瞭だ。こんなところを地界にいる堕天使達が見たら驚き呆れるに違いない。
勿論アイヴズ自身も翼は魔法で消している。
最初、ミシュレも学校に通うかと訊いてみたが、木内と面識があるため本人が断った。
何でも彼女と顔を合わせたら攻撃しない自信はないそうなので。彼女が聞いたら益々恨まれそうな話である。何も彼女一人だけが優雄を苛めていたわけではないのだが。
そんな事を優雄が思い出していると、
「そういやミシュレで思い出したんだが、あの木内って女、優雄に惚れてやがんな」
・・・アイヴズが実に簡単に地雷を落としてくれた。
「これまで散々苛めておいて、実は美形だったと知って掌を返す、か。なんとも醜い女よ」
いや、苛められたの俺だから。
ミシュレの吐き捨てるような言い方に、優雄は内心で突っ込む。
「ってかアイヴズ、木内さんが俺に惚れてるって本当なのか?」
思わず訊いてみると、アイヴズだけでなく薫にまでうんうんと頷かれてしまった。
「あれは惚れていますね。女の私が言うのだから間違いありません」
またライバルが、と呟いている彼女の横で、ミシュレは怨嗟の声でブツブツ呟いている。これがまた眼が据わっていて、とても声をかけられる雰囲気ではない。
・・・どうでもいいが、物騒な事はしないでほしい。
口にせず、心の中で祈っておく。
「お前は鈍いからな。分からんのも無理ないだろ」
「・・・俺が鈍いのは認めるが、木内さんの話をしたのはわざとだろ」
「何の事だ?」
恍けた顔で弁当を物色するアイヴズに、優雄は呆れの溜息を吐いた。それがあまりにも深かったせいか、アイヴズは眉根を寄せて見返してくる。
「・・・後悔、しているか?」
「後悔? 何をだ?」
「・・・俺様と契約した事を、だ」
彼がこんな事を言うなんて、と驚いてその赤い瞳を見ると、不安そうに揺れていた。先程までの不遜な態度は跡形もない。
優雄は微笑を浮かべてアイヴズの肩に手を置いた。
「後悔なんてしないよ。これが俺の望みだったんだから。父さんにどう言い訳しようか頭が痛いけど、まあ何とかなるだろう」
そう言って安心させるように頬を軽く叩いてやると、眼に見えて安堵しているのが分かる。
見た目はクールなのに、その様子が可愛くて思わず抱き締めてしまう。
・・・速攻蹴りを入れられたが。
「私も、私も!」
慌てて飛んできたのは薫だ。期待に瞳を輝かせている。
苦笑を浮かべながらギュッと抱き締めてやると、とても嬉しそうに身体を預けてきた。
その後ろで順番を待つようにジッと見ているミシュレには驚いたが、呪いの言葉を呟いているよりはマシだろう。
そんな幸せな日々(騒々しいとも言う)がずっと続いていくようにと、優雄は祈っていた。
高校二年生、近藤優雄、十七歳。平凡というには多少辛かった気がする日常は、この短期間で一変してしまった。短いようで長かったこの期間は優雄だけでなく、この場にいるみんなの大切な日々になった事だろう。
・・・というか、いくら美男子とはいえ、ミシュレを抱き締めるのはあらぬ誤解を招きかねないぞ、これ(アイヴズはどうなんですか←薫談)。
次からは後日編。