⑤鳴り響く「裏切り」の調べ
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときの語りをよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
カインは自分が設計した「地獄」が完璧に機能していることを、王宮の喧騒から感じ取っていました。
病に侵された体で、彼は最後にして最大の嘘を演じきります。
王宮の回廊では、誰もが声を潜めて笑っていました。「あの死神宰相が、ついに若い冒険者から妻を寝取られた」と……。
カインはその噂を執務室の椅子で、目を閉じて聞いていました。
(……フフッ嘲笑え、もっと声高に彼女を蔑むがいい。その罵声が大きければ大きいほど、彼女を不誠実だと罵れば、この国は『義務』という言葉の鎖を手放す。粉々に砕け散り彼女を縛るモノがなければ、自由に大空を羽ばたくだろう。……オーレリア、私の可愛い共犯者。君の心に刺さるその棘は、私がすべてあの世へ持っていくから安心おし)
離縁状への署名の日、大階段下のホールにて、オーレリアはリュカ王子や貴族たちが見守る中、派手なドレスに身を包み、キースの腕に寄り添って現れました。
彼女はカインを一瞥もせず、吐き捨てるように言いました。
「……退屈な5年間でしたわ、カイン様。病がちで数字ばかり追うあなたより、この方の腕の中の方が、ずっと『生きて』いる実感がしますの」
キースもまたカインを挑発するように不敵な笑みを浮かべ、その肩を抱き寄せます。
「悪く思うなよ、宰相さん。あんたには過ぎた女だったってことさ」
(見事な悪女っぷりだ。その冷たい声、その傲慢な微笑み……。フフッ、私の知る……、美味い茶を淹れてくれた優しい君を、誰も想像すらできない。……キース、後は頼む。その腕で、彼女をこの泥沼から引き揚げてくれ。私にはもう、……その力がないのだから)
オーレリアがキースと共に馬車で国を去る時、カインは執務室から離れ、夕暮れに浮かぶ城門の影からその背中を見送りました。
オーレリアは一度も振り返りません。
毅然と前を向く彼女は「悪女」として、かつての夫を捨てる役を完璧に演じきりました。
(振り返らなくていい。そのまま前を向いて未来へ行くんだ。決して後ろを振り向いてはいけない。……オーレリア、君に遺したあの万年筆が、君の新しい人生の帳簿に、黄金色の数字で埋め尽くすことを願っている。
……さようなら。私の、たった一人の理解者であり、最愛の妻よ。君に出会えた5年間こそが、死神と呼ばれた私の人生に唯一灯った、奇跡だった)
馬車が隣国へと向かい消えて行くのを見届けたカインは、静かに満足げな微笑みを浮かべて崩れ落ちました。
その頬を伝ったのは、離縁の悲しみなどではなく、愛する人を完全なる自由へと解き放った男のやり切った安堵でした。
オーレリアが「不実な悪女」として国を去った後、王宮は一見すれば以前より華やいだように見えました。
口うるさい「計算の怪物」がいなくなり、リュカ王子とリリアは制約のない「純愛予算」を謳歌し始めたからです。
しかしその足元では、真綿で首を絞めるような崩壊が始まっていました。
最初の異変はごく些細な事務作業の停滞から始まりました。
オーレリアがいた頃は、業者の不備も書類のミスも、彼女が深夜にすべて先回りして修正し、円滑に回るよう整えていたからです。
だから彼女がいなくなった途端、役人たちは慣れない実務作業に忙殺され、王宮に届く物資の質が少しずつ、確実に低下し始めました。
「なぜ、今日のスープはこんなに薄いんだ?」
「……申し訳ありません。以前の契約書はオーレリア様個人とのものだったと言い出し、新たな契約には前金をと要求されまして……」
病床に伏せったカインの下に、リュカ王子は幾度となく訪ねました。
「カイン、どうして資金が回らない! あの女が何か盗んでいったのか!」
カインは青白い顔で、力なく微笑むだけでした。
「……殿下。彼女は何も盗んでなどいません。彼女が個人で立て替えていた膨大な『信用』という名の資産が、彼女と共に消えたのです。……私にはもう……、それを繋ぎ止める術を持ち合わせぬ、……ただの死に損ないの老兵ですよ」
カインは知っていました。
カトリーナが去り際に、王宮全財産を緻密な計算から、「隣国の商会」へ法的に譲渡する仕掛けを完成していることを……。
その真実を墓まで持っていく覚悟で、彼は静かに王宮の混乱を眺めていました。
半年が経つ頃……、王宮の廊下からは灯りが消え、暖炉の薪すら満足に届かなくなっていました。
リリアはかつての輝きを失い、寒さに震えながら王子に縋ります。
「王子様、どうして……。愛があれば何もいらないと言ったけど、お腹が空いて眠れないの……」
リュカ王子には、何が原因で敗北したのか理解できずにいました。
ただ寒さと空腹の中で漠然と思う事は、かつて冷徹だと思っていたオーレリアの淡々とした「帳簿をめくる音」が、実はこの国を守っていた唯一の鼓動だったことに気づき始めます。
冬の盛りのある夜、カインは最期の時を迎えました。
駆け込んだリュカ王子が見たのは、痩せ細りながらも、勝利者のように気高いカインの姿です。
「カイン……! 金を、金をどこへやったんだ!」
「……殿下。何も壊してなどいません。ただ……、あるべき姿に『整理』しただけです。……実力のない者が、身の丈に合わぬ贅沢をすれば、最後は身を売るしかない。……それは市場の、至極真っ当な摂理ではありませんか」
(……ああ、オーレリア。聞こえるかい。君の……君を自由にするために、私はこの国を、そして私自身の命さえ、君に捧げられたことを誇りに思うよ。……さあ、私の役目はここまでだ。……おやすみ、私の、愛しき戦友……)
カインの瞳から光が消え、最後の一息が漏れました。
「……さあ、計算通りだ。……おやすみ、オーレリア……」
翌朝……、王宮の門に、隣国の執行人たちが現れました。
「借金の返済期限が過ぎました。本日より、この敷地は債権者の管理下に入ります」
……怒号も悲鳴もありません。
カインの命の灯火が消えた瞬間、王宮すべての時計が止まったのです。
王宮は「債務不履行による接収」を告げられたした。
煌びやかな威厳を保つ王宮は、主人を失ったただの「抜け殻」にして、静かに冬の太陽に照らされました。
そこを動かしていた歯車は、一つは壊れ、もう一つはどこかへ行ってしまい、代わりになる歯車はどこにもありません。
無理をすれば壊れ、負担をかければ弾け飛ぶ。
これもまた自然の摂理なのです。
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隣国の広大な草原を、1台の馬車が行く。
御者台ではキースが退屈そうに欠伸をし、車中ではオーレリアがカインの万年筆で、新しい帳簿に数字を書き込んでいました。
「……なあ大将。あの国、……いよいよ差し押さえられたってよ。いい気味だな」
オーレリアは筆を止め、窓の外に広がる澄み渡る空を眺めました。
「……そうですわね。けれどそれはもう……、終わった計算の結果に過ぎませんわ。キース殿、これからはもっと忙しくなりますわよ。あの人が命を懸けて守ってくれたこの『自由』……一銭も無駄にするつもりはございません!」
キースはフッと不敵に笑い、馬に気合いを入れ走らせました。
「ヤル気じゃねぇか、大将! ……でもよ、あんた、あんまり数字ばっか見てると、また『糞ババア』に戻っちまうぞ?」
「……黙りなさい!!」
二人の笑い声(と怒鳴り声)が、風に乗って新しい天地へと響いていきました。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)




