③哀しみと決意
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
ひとときの語らいよろしくお願いします。
のんびりお付き合い頂ければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
執務室の窓辺に立ち、夕闇に染まる王都を眺めながら、私は手にした一杯の茶を啜った。
かつて自分自身で入れていた……、喉を蹴ったくる苦い茶とは違う。
オーレリアが淹れてくれるお茶は、凍てついた私の心にホッと温かさを灯してくれる。
私は隣で静かに筆を走らせる妻――オーレリアの横顔を盗み見た。
世間は彼女を「死神に嫁いだ哀れな女」と呼び、王子は「監獄に押し込めた」と嘲笑っているだろう。
だが、……滑稽なのは彼らの方だ。
この5年間……、私はこの部屋でひとつの国家が「音もなく解体され、再構築される」奇跡を特等席で眺めてきたのだ。
最初に彼女が求めたのは、王宮の全支出を記した「裏帳簿」だった。
彼女は膨大な数字の羅列を前に、まるでお気に入りの詩集を読んでいるかのように目を輝かせた。
「カイル様、この国の血管(予算)は、不必要な贅肉(浪費)で詰まりきってますわ。一度……、全て削ぎ落として差し上げましょう」
彼女の指先が動くたびに、王子の遊興費は「王宮維持費」という名目にすり替えられ、彼女が指定した商会へ「借入金」として変換された。リュカ殿下は金を使っているつもりだろうが、実際はオーレリアという銀行から、自分の首を絞めるために金を借り続けている。
彼女の策で最も見事だったのは、王族に「不自由」を一切感じさせなかったことだ。
王宮の修繕が必要になれば、彼女は即座に手配した。リリア様がドレスを欲しがれば、最高級のものを届けさせた。
だがそのすべてに……、彼女の「刻印」が押されている。
工事業者は彼女の手先だし、服飾ギルドは彼女の支配下だ。
王宮の門をくぐるパンの一片から、王の寝室を飾る蝋燭の一本まで、すべては彼女の許可なくして存在し得ない。
「カイル様、人は満たされている時ほど、足元の変化に気づかないものですわ」
嫋やかに微笑む彼女の瞳に宿る強かな知性に、私は戦慄しながら、それと同時に深い敬愛を覚えるのだ。
オーレリアは、リュカ殿下の浪費を止めるどころか、むしろ煽りさえした。
「真実の愛を祝うには、これくらいの宝飾品が必要ではありませんこと?」
そう囁いては、彼女は新たな借用書を差し出す。
殿下は「話のわかる女になったな」と上機嫌で署名するが、その書類は王家が代々守ってきた「土地の権利」であり、一枚、また一枚と権威を剥ぎ取っていく死神の鎌なのだが……。
私は隣で、その鎌を研ぐ手伝いをした。
彼女の策により私は長年の過労から解放され、国が「正常」な形へと戻っていく。
いや……、彼女の言う正常とは王家が存在せず、「民と銭の国」のことなのだ。
オーレリアが筆を置き、私を見て柔らかく微笑んだ。
「カイル様、お疲れではありませんか? 残りは私がやっておきますわ」
私は彼女の手を取り、細い指先に口づけをした。
……私の体はもう長くはない。
長い間無理を重ねた結果、私の身体は壊れ、命の灯火が消えようとしていた。
もちろん彼女が気づかないはずもなく、だからこそ彼女は急いでいる。
私は……死んだ後のことを考えた。
彼女が誰の指図も受けず、どこへでも羽ばたいていけるように、この国の全財産を「オーレリア」という個人に集約させ、王族を中身のない空っぽの飾りに作り替えている。
それが私という「死神」に捧げられた。
献身的な復讐の形だった。
「……オーレリア。君という人は、本当に……」
私は言葉を飲み込み、彼女を抱き寄せた。
窓の外から見える煌びやかに灯る王宮の明かりが、今夜はひどく儚く、今にも消えそうな幻に見えた。
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カインは徹底していました。
オーレリアが隣で帳簿を付けている間も、彼は一度として苦悶の表情を見せません。
喉の奥までせり上がる鉄の味を冷めた茶で無理やり流し込み、深夜になれば一人……、執務室の暖炉で血に染まったハンカチを灰に変える。
彼はオーレリアと穏やかなこの「共犯者な時間」を、一秒でも長く、身近な雰囲気を守りたかったのです。
オーレリアがその真実を知ったのは、結婚4年目が過ぎたある冬の夜のことでした。
いつものように深夜……、書類の山を片付けていたカインのペンが、ふと止まった。
「……カイン様?」
オーレリアが声をかけると、カインの体が糸が切れた人形のように崩れ落ちました。
慌てて駆け寄り抱き起こしたカインの口元から、鮮血で溢れ流れていました。
彼女の長年の経験から、彼の、肺を蝕む病……で、そして身体の状態を……わかったのです。
(……嘘でしょう? この4年間この方は、死の足音を隠しながら、私に微笑みかけていたの?)
彼女の頭から、一瞬で銭の存在が消えました。
震える手で流れる血を拭いながら、彼女は生まれて初めて、世界が終わってしまったかような激しい動揺に陥ったのです。
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翌朝……、ベッドで目を覚ましたカインは、憔悴したオーレリアを見て、悲しそうに微笑みました。
「……見つかってしまったか。君の目は王宮の不正は見逃しても、私の不摂生だけは見逃してくれると信じていたのだがね」
カインの病はオーレリアと会う前、王族の理不尽な要求に応え、毒味や徹夜を繰り返していた事による蓄積でした。
(あと一年……。せめてこの国が彼女の私有物にするまでは隠し通したかった。彼女には澱んだ死の匂いではなく、金貨の輝きと自由を遺してやりたい。……私の人生で唯一の誤算は、彼女をこれほどまでに愛してしまったことだ)
「……オーレリア、泣かないでおくれ。……私は君と出会ってからこの4年間、一生分の幸せを使い果たしている最中なんだよ。だから笑ってくれないか」
オーレリアは泣き喚く代わりに、カインの細く温かな手を両手で包み込みます。
彼女の瞳には、かつて「日野富子」が持っていた苛烈なまでの決意が宿りました。
(この方を死なせはしない。……いえ、たとえ死が二人を分かつとしても、この方が守り抜こうとした5年目を、彼が望むがままの一年にして差し上げますわ)
彼女はそう決めると、腹をくくったのです。
カインの残された時間を、病に怯える「者」としてではなく、国を操る最強の「死神宰相」として全うさせることにしました。
そして彼が死んだ後の自分は、誰にも利用されず、誰もが恐れる最強の「怪物」として君臨できるように……。
カインは万が一の時の護衛として、長年の知り合いである冒険者のキースに、極秘の親書を送りました。
表向きは宰相邸の警護増強……。
ですが真意はカインが逝った後の事を考え、この沈みゆく国から強引に引き剥がし、新しい世界へと連れ出す「風」として雇ったのです。
幸せな時間を色鮮やかに、思い出として残すなら、その瞬間はなにも考えず、ただのんびりと浸る方がいい……、そう思うのです。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)




