0、アリスが見た夢
この子だけは、何としてでも守り抜こう。先程産まれたばかりの赤子を涙ぐみながら決意した。
愛していたはずの旦那はいつの間にか居なくなっていて、残された我が子と共に辛い日々を送っていた。どれだけ失敗しても、どれだけ虐げられても子供の事を考えるだけで何とか頑張ってこれた。でもどうしたって悪い方にばかり考えてしまうようで、もしこの子を残して私が居なくなったらどうなるか。そんな悪夢ばかり考えてしまっていた。
昔から夢見がちな私は、自分が童話の主人公だったらなとよく妄想する。それこそ「不思議の国のアリス」なんて何度も妄想してしまうくらいに大好きだった。
アリスが…子供を産むだろうか。もしアリスに男の子の相棒が居たとするならば、それはきっと恋人か兄弟だろう。
もしうちの子供、「ハンス」がお兄ちゃんだとしたら、私は幸せでいれたのだろうか。
辛い現実にも到頭限界が来た。天井から吊り下げられた縄を見上げて、沢山の涙を流す。ハンスも明日から中学生になる、最悪私が居なくったって何とか生き延びれるはずだ。
とんでもない無責任、母親失格。何とでも言われたってもう遅い。私は、真っ赤に塗れた手で、縄を首にかけた。
どうかもし夢が叶うのなら、ハンスの妹になる甘い夢でも最後に見せてくれませんか。叶うはずのない我儘を願いながら、私はこの世を去っていった。
気がつくと、眠っている大好きなハンスの手を握っていた。
甘く幸せな夢を見させてくれている、最後の最後に幸せを叶えてくれるなんて。夢を見るのも良いものなんだと感謝していた。
しかも母親としてではなく、ハンスより幼いまるで妹としての姿になっている。もし夢ならばどうか醒めないで、そう強く願った。
いつの間にか朝になり目覚ましの音に驚く。ハンスがゆっくりと目覚めて、私にどう反応するかドキドキしながら挨拶をしてみる。
「…」
まだ寝ぼけているのだろうか返事がない。耳元で大きく叫んでも全然気づかない。仕舞いには目を合わせても頭を撫でても全くこちらに気づかないのだ。
もしかしてと思い鏡を見ると私の姿が写らない。
「幽霊になってた私!?」
どれだけ大きく叫んでもやはりハンスは気づいてくれない。しょげてスカートを強く握りしめるとポケットに何か入っているのに気づく。犬の顔の…仮面?私はそれを顔に当ててみた。するとどうだろう、みるみる身体が小さくなっていく。慌てて取り外そうとしたが、手が上手い事使えない。手の形が既に人では無く、「犬」になっていた。もう一度鏡を見るとそこには可愛らしい小さい犬が居た。
「アリス!そんなところに居たのか!」
ハンスが誰かに対して嬉しそうに話す。その目線は私に向いていた。一度冷静に考えてみると、この姿ならハンスに気づいてもらえる。そして私は「アリス」と言う名の犬であるということ…なのだろうか。とんでもない推測だが納得はいく。いやもうどうでもいい。愛するハンスと第二の人生が過ごせるのならば、私はどんな境遇だろうと喜んで利用してやる。
「ワン!」
気持ちを切り替えて、私は精一杯の犬になることに決めた。
それから、私は幸せな日々を過ごしていた。ハンスと共に散歩したり一緒に眠ったり、醒める気配のない夢を心から楽しんでいた。ハンスも何とか良い友人に巡り会えたみたいで可哀想な人生を回避はしたみたい。
そんなある日、街中を散歩していた私達は改築中の新しいカフェに目を奪われていた。カフェなのにドッグランが付いていて、犬用の食事まであるまさに犬を飼っている人の為のカフェがもうじき出来るのだ。楽しみだねと問うハンスに大きくワンと鳴いた。
ハンスの顔から前に振り戻ろうとした時、こちらを向いている車が視界に入った。信号は守っていたしその車もまさかこちらに向かって走っているとは思えなかった。凄いスピードでこちらに突っ込んでいると、ぶつかるほんの数秒前でやっと気づいた。私は決死の思いでハンスに突進をした。驚くハンスに私は一瞬の時間で、感謝と謝罪と、後悔をした。
重い衝撃を味わい、ゆっくりと目を開ける。泣き崩れるハンスと大勢の人達が居て、下を見てみると、存在を忘れていた仮面の残骸が散っていた。
この仮面が私を守ってくれたのだろうか。違う、今の私はまたハンスに気づいて貰えない幽体としての「アリス」に戻ったのだ。
今までの幸せな日々が突如終わってしまった。私は誰にも気づいて貰えないまま、上を見上げて泣き叫んだ。




