4話
「…どういう事だ、これは」
私が奴隷商として奴隷を売っていた金持ちの屋敷。
屋敷の使用人から連絡があり来てみれば、そこは血の海だった。
「…急いで来てくれと言われ、駆けつけてみれば…これは、一体…」
ここには腕の立つパーツリや他の戦士がいたはず…彼らは一体どこだ…?
…人の気配がない…物音もしない…。
「はっ…ほうけている場合じゃない!急いで憲兵に連絡を」
「はい、ストップ」
耳元で声がした。いつの間にか跪かされ、首に冷たい物が当てられていた。…この感触、ナイフか…!
全く気配が無かった…いや、今も気配が無い。こんな奴は初めてだ。
私も仕事上、多くの冒険者や騎士たちをみてきたが…これほど気配が薄い人間は見たことがない。
気配を消すことができるという事は、それだけ完璧に魔力を操作できているという事。
つまり、相当な手練…。
じっとりと手に汗が滲む。
呼吸があらくなり、体が震える。
「そう怖がらないでください。危害は加えませんから…今は」
「…今は…?」
「私の事覚えてますか?」
「…」
この耳に残るような、綺麗な声…たしか聞き覚えがある。
いや、しかし…だが、それは…あり得ない!
「…まさか…そんな、馬鹿な」
「あ、思い出されましたか?」
「…い、以前…ここに売った…黒髪の少女、あの冒険者パーティの…あの子供か!?」
「せいかい、せいかい、せいかーい!」
「…まさか、この屋敷の惨状…これ、全てを…お前が…!」
顔の横から手が伸びる。白く美しい指先。それは間違いなく少女の指先だった。
それがある場所へ伸びる。
「みてください、あそこ」
「…」
目をやると、暗闇の中わずかな光に照らされている3つの何かが目に入った。
「…旦那様…パーツリ、イエアル…の首…!?」
食事を運ぶ台上に3つ並べられていたのは。ここの主ダーグと100人殺しの傭兵パーツリ、催眠魔道士のイエアルの頭部であった。
「私がさっき言った『今はまだ』というのは、これから先どうなるか分からないって意味です。…でも、これから私があなたに出す3つの約束。それを守っていただければこれからもあなたに危害は加えません!」
「…3つの…約束?」
「はい!3つの約束、ですっ」
「その約束というのは…」
「まず一つ。これから先、もう私を狙わないこと。二度と私には近づかないでください」
少女の声から温度が消える。冷たい深い闇のような、底しれぬ殺意が滲み出した。
「…破れば、あの台上の頭の数が4つに増えることになります…」
「…わかった…あと二つは」
「ありがとうございます!では二つめ、この屋敷の後始末をお願いします。私が捕まらないよう色々処理しといてください」
「…いや…それはかなり難しいぞ…ここには腕利きのパーツリやイエアルがいたんだ…それが全滅となると…」
「たしかに!でもやってください」
「…」
「難しいのはわかってます。けど、私があなたを殺すのは簡単ですよ?私、人知れず人を消すのは得意なので…」
パーツリとイエアルを殺した奴だ…かなりの暗殺者。何があったかは知らんが、まるで別人…。
はっ、まさか…こいつ、覚醒者か!?
聞いたことがある。突如として力を覚醒させ、途轍もない力を扱えるようになる奴が稀にいると。
そいつらは皆こう呼ばれている…転生者と。
前世の記憶を取り戻し、その力を扱える者たち。この少女の変わりよう…間違いない、おそらくこいつは転生者だ!
だとしたら、私に勝ち目はない。この先、付け狙われでもしたら命は無い…。
「…わかった、なんとかしよう」
「やたっ!ありがとうございます!まあ、私が殺したという形跡は残してないので、他の誰かの仕業にはしやすいかと!」
「…他の誰か」
「誰でもいーですよ。私じゃなければ、誰でも」
奴隷商だからいくらでも代わりを立てられるだろ…そんなところか。仕方ない、適当に見繕うか。
「三つ目は?」
「あ、はい。三つ目は…もう子供を奴隷にするのはやめてください」
「なに!?」
「ダメですか?」
「子供は人気のある商品だぞ…それが扱えなくなったら、奴隷商として私は立ち行かなくなる!」
「えー、お願いしますよ。そこをなんとか」
「それは、無…」
――ズルッ…
首のない、私の体が見えた
私の背後に立つ、美しい少女
彼女が持つ、ナイフ
そこに映った紅い目をみた瞬間、
「――はッ!?」
私は自分の死をイメージさせられた。
首を落とされた、鮮明な映像。
…なんて…殺気だ…。
(く、首…)
…死んだ…と、錯覚させられた…。
(まだ、首…あるッ!!)
…こいつは危険だ!!私がこれまでみてきたどの殺し屋よりも、底が知れない…ッ!!
「…わかった、私も…命は惜しい…」
「わあ!ありがとうございます!絶対ですからね?」
パッと華やぐ彼女の声色。ナイフに映る彼女の笑顔は、殺し屋というにはあまりにも無垢で美しく、可憐…そして妖艶な悪魔に見えた。
「ではでは、私はこれから急ぎの用がありますので失礼します。あとよろです!」
「…ああ…」
「約束、ぜーったい守ってくださいね!アイドルとの約束ですよ〜!ばいばーい!」
そうして彼女の気配が消えた。
しばらく私は動けずに立ち尽くす。
そしてゆっくりと回り始めた頭で、ふと思った。
「…アイドルって、なに?」
※※※
――暗い。
…でも、あったかい。
お母さんにおんぶしてもってるみたい。
そんなはずないのに。
私は悪い子だった。かまってもらえないからって、お母さんを困らせて。
だからバチがあたった。
怖い人たちにつれていかれて、せまい部屋に閉じ込められた。
(…お母さん…ひいくん…)
ごめんなさい。
…ごめんなさい。
また、お母さんの顔がみたいです。
ひいくんの柔らかいほっぺを触りたいです。
でも、もう会えません。
『よし、せめて苦しまないように逝かせてあげるね!』
私はお姉ちゃんに殺されたんだから。
…――っ、〜っ!
誰かの声が聞こえる。
「…ん」
目を開けると、そこにはお母さんがいた。
「…え」
「リン!良かった、起きた!!」
「…あれ…」
涙でぐちゃぐちゃのお母さんの顔。
「…どうして…」
ここは、私のお家だ。ベッドに寝かされ、まわりには村の人たちがいっぱいいた。
「良かった!」「ケガはないみたいだ」「あれだけ捜索して見つからなかったのに」「いったい今までどこにいたんだ?リンちゃん」
「おっきな男の人に連れてかれて…」
…それで、私…。
お姉ちゃんの笑顔が頭にうかぶ。
…私、殺されてない…生きてる…。
だから、多分ここに連れてきてくれたのは…お姉ちゃんだ…。
お姉ちゃんのお名前…なんていうんだろう。
聞けばよかったな…。
あ、でも…
「…私、アイドルに助けてもらったの」
「「「「アイドル…?」」」」
みんなが不思議な顔をする。
私は目を閉じ、お姉ちゃんの笑顔を思い浮かべて笑う。
「…うん、天使様みたいな真っ白い、アイドル」
※※※
――都市グラレーン。高級宿屋。
「さあーて。いいとこ遊んだし、そろそろクエストでも受けっか!」
俺、バスデーン。冒険者パーティ、『イレド』のリーダー。
冒険者ランクはB、レアスキル『完璧な盾 《パーフェクトガード》』を持つ最強のイケメンである。
鏡の前で自慢の金髪をセットする。うーん…きょうもキマってるな。
あの日、パーティメンバーの雑用であるシロを奴隷商に売り、予想以上の大金が手に入った。
だからしばらく遊んでもバチは当たらないだろうと、その金で2週間ほど三人で遊びまくっていた。
だが、派手に使いすぎてしまい、気がつくと残りの金は半分ほどになっていた。
「…あー、働きたくねえな…酒飲みてえ」
命がけの冒険者。報酬は高いが、その分危険性も高い。…だりい。
「けど、金がほしいからやらねえとな…」
冒険者をこえる働き口もねえし、今更ふつーの仕事ついてはした金貰っても足りねえし。
奴隷商もいっけん美味しそうだが、違う意味であれはあれで危険だからなー。
さっさとギルドマスターになって、クエスト行かずに金入るようにしてえぜ…。
「…ま、今日は低ランククエストでも受けとくか。しばらくあそんでたし、準備運動がてら。Dランクとか」
準備を終えた俺はリュックを背負い剣を手にし、部屋の扉をあけた。
――鼻歌をうたい出ていくバスデーン。彼は知らない…これから襲い来る地獄のような悲劇を。
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