3話
――日本、東京。
…私はそうだ。仕事をしていた。
都会の街並み、そびえ立つビル群。
そのひとつのタワマンに住む一人のターゲット。
殺したのは若い女性だった。ソファに倒れ血の海に溺れる遺体。血に塗れたナイフを持ったまま、私は立ち尽くしていた。
さっさと死体を処理すればいいのに、私は立ち尽くし呆然とあるものを見ていた。
それは、さっきまでターゲットが夢中でみていたテレビ画面。
そこに映るのは元気いっぱいな女の子たちが踊り歌う、いわゆるアイドルのライブだった。
(…初めて、みたな…)
本気で歌って踊る少女達。15、16…私と同じくらいの年の子らがあんなにも楽しそうに。
私は自分の手を見る。血に塗れた、手を。
…何だろう、これは…。
(…悔しい…苦しい…?違う、なんだこれは…)
感情は必要ないと師匠に教育され、そして消し去った。
ナイフに映る私の顔も人を殺したというのにぴくりとも変わらず、無表情だ。
ずっと、ずっと…そうだった。
テレビの向こうのアイドルのような笑顔なんて、今まで一度として浮かべたことはない。
私は殺しの道具。生まれた時から、そう育てられてきたから。
…でも…なに、この感情は…。
彼女らの歌を聴くと心の底から何かが湧いてくる。
彼女らのダンスをみると自然と体がリズムを取り始める。
「…ふん、ふふん…♪」
よくわかりもしないのに、体が揺れる曲を口ずさんでしまう。
え…待って、なにこれ楽しい!!
「ふんっ、ふふふん、ふーん♫いえい♪」
視界があかるくなる。暗かった私の世界にまるで光がさしたかのように。
すごい!!アイドルってすごくね!?
「ふふん、ふん…ふっ――ドッ(ぐえっ!?)」
鋭い痛みが首に走る。視界が回転し私はどうやら地面に倒れ込んだようだった。
あっ…と思った。
薄れゆく意識のなか微かに声が聞こえた。
「え、こいつ冷徹凶嬢だよな…」
「隙だらけだったぞ…」
「伝説の殺し屋じゃなかったのかよ、簡単に殺せたんだが」
私やらかしたわ、これ…。喉やられた、これすげえ血…私のやつだ。
「なんで踊って歌ってたんだこいつ」
「わからん」
「無駄に歌もダンスも上手かったし…」
…え、まじ…才能あったりする、私…?
「顔も良いな、クールフェイス」
「笑えば可愛いかもな」
「歌もうまいし殺し屋じゃなくアイドルやれば良かったのに」
「「それなー!」」
…あ、アイドル…私が…。
遠のく意識の中、私は最期に思った。
(…もし、来世があるなら…アイドルに…)
――そうだ…
――私、私は…
「私は、アイドルになりたいんだったあああーっ!!!」
「うおっ!?」
「!?」
「お姉ちゃん!?」
私が急に大声を出したせいで、旦那様の振り下ろしたナイフの狙いがそれた。
紙一重で小指を外し、台に切っ先が突き刺さっている。
「…あ、アイドル…?」
「あ、はい!アイドルです!知りません?」
「は、はあ…!?なんじゃそりゃ…」
「可愛い女の子が歌って踊るやつですよ!私ずっとそれになりたかったんです!今思い出しました!いやあ、良かった〜、死ぬ前に思い出せて!」
「…いや、ようわからんがお前はこのまま殺すが?思い出したところすまんけども」
「え、まって。それは困ります!」
「いや、困りますってお――
ぐるん、と旦那様の体が宙で一回転。
ぐっ、おあッ!?」
私と旦那様の体を入れ替えた。腕を後ろに回して体重をかけ押さえつける。ついでにナイフを奪い取り、旦那様の首に当てた。
「…なっ…!?」
「お、お、お姉ちゃん!?すご…」
驚くパーツリと女の子。
「痛い痛い〜〜ッ!!はなしてくれえ!!」
「あ、ごめんなさい!…でも、そう言った私を旦那様ははなしてくれた事、ありましたっけ?」
「ああっ!?儂が儂の玩具をどう扱おうと儂の勝手だろーが!!」
「あはっ☆ですよねえ〜!」
ギリギリ…ッ!と折れる寸前まで腕の関節を絞め上げる。
「あ、あだぁー!!?いだだだ、すみませんすみません、許してください…お、折れるっ、折れちゃう!わしの腕がアアア!!」
「まて、そこまでだ」
「!」
パーツリの方をみると女の子に手を向けていた。手のひらに集約される魔力。おそらく魔法を放つつもりだ。
「私は詠唱速度には自信があってな。1発の火球を放つのに1秒もかからない」
普通の魔法使いで5秒…上級魔法使いで3秒。だから彼の詠唱速度は神がかっているといえる。
(彼の体を纏う魔力の流れ…嘘じゃない)
「旦那様をはなせ。3秒やる…3、」
ヒュ――タンッ!!
「――ッ、ぐぶっ!?」
私はナイフをパーツリの喉にヒットさせた。
「はい、これで詠唱できない!残念でした〜!」
首をおさえ、膝をつくパーツリ。わーお、凄まじい形相…。
口から大量の赤い血を吐き出しその場に倒れ込んだ。
「…な、な…嘘だろ…パーツリは、あの戦争で…」
私は旦那様の首に腕を回す。
「ぐっ、かは…ま、ま…て、…命…は…」
「ん?なに?聞こえないなぁ!」
「…ぎ、ぐ…ぶぶ…」
「はい、さよなら☆」
べきぃ、と首を折る。だらんと力が抜け、台からずり落ちる旦那様。
「…ふう、これでオッケー」
私はアイドルになる。ここで旦那様を生かしておくと必ず後々邪魔になるからね。
障害は全て消しとかないと。…この屋敷の人間も一応全て消しておこっか。
パーツリくらい強い人の気配がいくつかあるな。正面からやりあうと面倒そう…こういう場合はひとりひとり暗殺するに限るね。
私はパーツリの喉に刺さっているナイフを抜いた。
懐かしい肉の感覚。
真っ赤に染まるナイフ。
(パーツリの血だからパーツリの服で拭いちゃお)
「…あれ?」
綺麗になったナイフに映る自分をみて驚く。
髪が白くなっていた。
「…もしかして魔力を使って身体強化したから?」
すうっと黒く戻っていく髪。…白いのは私の魔力の色か。
以前、他パーティとの合同クエストの際にみかけた。凄腕の冒険者がやっていた魔力の身体強化。なんとか戦闘で役に立てるよう見様見真似で習得しようとしたことがある。けれど、全くセンスがなく出来なかった。
「…そっか、前世の私は殺しの天才だったから!バトルセンスも天才的、一度見た殺しの手法はすぐに再現できたもんね!だから身体強化もできたのかも!あはっ☆」
記憶が戻ってバトルセンスも戻り、魔力操作もこの通り完璧!身体強化も無意識下で完全再現!おかげさまで一番ヤバそうなパーツリさんを簡単にぶっ殺せましたよ!いやはや、すごいなー私!さっすが私!いよっ、伝説の殺し屋!最期凡ミスで殺されたけども!たはーっ(泣)
「…あ」
檻の中の女の子が目に入る。気絶していた。
おそらく今の一連の殺しでショック受けて失神したんだろね。
私はナイフをヒュンと回し逆手に持つ。
殺し屋の掟――目撃者は始末する事。
(殺しを見られた以上、殺らなければ後々障害になる可能性が高い)
記憶が戻る前の私は、彼女の名前をあえて聞かなかった。
いずれ殺される彼女の名前を聞いてしまえば、情が湧き辛くなるから。
想定していた形とは違うけれど、それが今私の気を楽にしてくれている。前の私、グッジョブ!
「よし、せめて苦しまないように逝かせてあげるね!」
ヒュオッ――
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