23時
その日は時刻が23時を回っても仕事は終わらず、明日の遅刻が確定した。
ほとんど誰も残っていないオフィスは、イライラしている僕のような人と、
なぜかハイになっている人の両極端だ。
こんなに仕事とはしていいものなのかと心が叫んでいる。そのぐらいこの時間には魔力がある。
タバコも切れて、コンビニに夜食とついでに買いに行く。
店内には冷蔵庫のモーター音と、自分の鏡のように疲弊した店員がいた。
そこで補給するためのものと嗜好品を手に入れてそそくさと会社に戻り喫煙所にむかう。
そこは僕の家のように真っ暗だった。電気をつけてタバコを吸う。
この時間の喫煙所は誰もいないので叫びたい放題の楽園だ。ここで仕事をしようかと思うほどには居心地が良い。
「もう疲れたー。」
大声で言いながらその場にしゃがみ込む。
「はあ、明日は遅刻確定だな、間に合わないな、朝。嫌だな。」
だれも答える人はいないのについつい独り言を言ってしまう。
「お疲れ様です。」
誰もいないと思っていたその場所に、声が落ちた。
その瞬間、扉が静かに開いた。
「あれ、なんで」
「そりゃわたしも社員なんでいますよ。」
「そっか、てか聞こえてた?」
「それはバッチリ!」
「どこ聞こえてた?」
「うーん、朝間に合わないのがいやだってのも聞こえてました。」
「あー」
君は少し笑って、僕と同じ目線の高さになって言った。
「なにかあるんですか?朝?」
「うーん、あるっちゃある。」
「えーなんですかー?」
小悪魔という言葉は多分この子が作り出したんだとおもう。
そう思えるほどにこの子の仕草と表情には心が動かされる。まだ知り合って2日目だというのに。
「いや、あれだよ、打ち合わせがあって」
「ほんと、意気地なしですね」
なにも返す言葉がでてこない。言い返せないのは、気持ちがまだ追いついていないだけ。
煙を吸う機会音だけがただ流れる。
「そうだ、なんでこんなおそくまで残ってるの?」
話の流れをかえてみた。このままだとあまりに分が悪い
「明後日の提出する企画書が全然終わってなくて」
「そっか、大変だね。なにか手伝おうか?」
「そんな、しょうさんも忙しいんですし、気になさらず、もう一踏ん張りですから。」
疲れた顔で無理に笑う君を見るのは、心がざわついた。
「頑張ってきますね!しょうさんも頑張ってください!」
「ありがとう、がんばってね。」
「はい!」
無理しているであろう彼女に気の利いた言葉をかけてあげられないのは、先輩としていかがなものなのだろうか、僕は。
立ち去る彼女は去り際に、ただ一言僕に伝えてくれた。
「私は楽しみにしてましたよ。あした」
その言葉を聞けた時に、喜びが込み上げてきと同時に終わりを告げるように閉まる扉。
すぐにたばこを置いてもう一度彼女と話をするように扉をあけるが、そこにはすでに君はいなかった。
「やっちまった、はあ」
喜びが一瞬で後悔に変わる。
短い時間でこんなに心を乱してくる君は色々な感情を僕に植え付けて帰っていく。
喫煙所のたばこはすでに自分で役目を終わらせていた。
「もう一本だけすってから仕事をしよう」
2つあった煙は1つだけになり、後悔を少しでも吐き出せるように大きく息を吐いていた。




