9 補欠組、誕生
夜、離宮の裏庭。ギルベルトが月明かりの下、オズワルドと小声で話していた。
「……本当に動いたのか。“第三王子専用護衛部隊”など、王の耳に入ればただでは済まんぞ」
ギルベルトの声音には苦みがあった。
オズワルドは肩をすくめ、わざと軽く笑ってみせる。
「だからこそ、表向きは別の名をつけてある。――“補欠組”だ」
「補欠組?」
「そう。第三騎士団の余り者をかき集めた、どうしようもない連中って体裁さ。
王や側妃からすれば笑い話にしかならない。そんな小隊が、まさか殿下を守る精鋭だなんて、誰が疑う?」
ギルベルトは目を細めた。
「……これまでの護衛では足りぬと判断したのだな」
「最低限はついていたさ。ただ、側妃の横槍があってな。増員を願い出てもことごとく却下された」
オズワルドは声を潜める。
「本来なら王族の護衛は第一騎士団の役目だが……殿下だけは、側妃の嫌がらせで第三騎士団に押しつけられている」
彼は小さく肩をすくめた。
「セラフィーナが多少腕が立つから、あの子たちを自ら抱えて守ってきた。それで何とかやり過ごしてきたが……」
ギルベルトは眉をひそめ、低く吐き出す。
「確かに……乳母殿にまで剣を取らせるのは、我らの情けなさの証だ」
「そうだ。これから殿下やアウルが外で学ぶ機会も増える。行動範囲を広げてやるには、隠れた守りが要る。だから“補欠組”を立ち上げた」
ギルベルトは黙り込み、遠い目をした。
“補欠組”の中に、自らが選び抜いた手練を紛れ込ませていることを知っているのは、ごくわずかだった。
「右腕のカールに表向きの指揮を任せた。だが、実際は俺が動かす。……アイラの子を守るためなら、どれほどの茶番でもやってやる」
低く、押し殺した声。
彼がかつて愛した人の子――第三王子エドワードを「無能の烙印」で守るための策だった。
オズワルドは再び肩をすくめる。
「いいじゃないか。影に隠れた英雄なんて、僕は好きだよ。ねえ、副団長殿?」
「英雄ではない。ただの亡霊だ」
ギルベルトは吐き捨てるように答えた。だが、その拳は固く握られている。
「……いつか、堂々と剣を振るう日が来るのか」
その問いに、オズワルドは穏やかに目を細めた。
「来るとも。その時まで、“補欠組”の仮面をかぶらせておこうじゃないか」
月明かりの下、二人の男は密やかに策を重ねた。
そして――誰も知らぬ「第三王子専用護衛部隊”補欠組”」が、この夜ひそかに息を吹き込まれた。
◇◇◇
緑の離宮
七歳の第三王子エドワードは、アウレリウスと共に離宮の小径を歩いていた。
木漏れ日に照らされた葉が揺れるたび、二人の影もゆらりと揺れる。
「エド、あの木の陰、誰かいる……?」
アウレリウスが小声で言う。
エドワードは慎重に足元を確かめながら立ち止まる。鳥のさえずりや風に揺れる葉の音が、妙に安心感を与える。
(昨日もあの影を見た……誰かが見ていてくれるのかもしれない)
「ねえ、エド。もしかして僕たち、見守られてるのかな」
アウレリウスの目は真剣だ。
エドは小さく頷いた。
「うん……悪いことは起きない気がする」
二人は顔を見合わせ、微笑む。
「僕はちゃんと強くならないとね。守ってくれる人に迷惑をかけたくない」
エドの声には、まだ小さいながらも慎重さと決意が滲む。
「俺も、エドを守る」
アウレリウスは胸を張った。忠誠心は揺るがない。
◇◇◇
夜、書斎ではセラフィーナとオズワルドが、側妃派への反撃の策を練っていた。
月明かりが机を淡く照らす中、セラフィーナは庭の報告書を広げる。
「側妃派が教師や護衛に干渉しているの。無策では王子たちに危険が及ぶでしょうね」
オズワルドは静かに頷く。
「派手に動く割には、裏は脆い。慌てずに布陣を整えれば、彼らを安全に守れると思うよ」
セラフィーナは指で地図上のポイントをなぞり、策を語る。
「子どもたちには知られずに、安心して遊べる環境を作る。森や離宮の裏手も目を光らせましょう」
オズワルドは穏やかに微笑む。
「そうだな、セフィ。私たちが陰で守れば、彼らは伸び伸びと育ってくれる」
二人は静かに頷き合った。
側妃派の動きも、計画的な布陣で封じられる。
その夜、離宮の奥で、ささやかな反撃の火が静かに灯ったのだった。




