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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
幼年期
9/65

9 補欠組、誕生

 夜、離宮の裏庭。ギルベルトが月明かりの下、オズワルドと小声で話していた。


「……本当に動いたのか。“第三王子専用護衛部隊”など、王の耳に入ればただでは済まんぞ」

ギルベルトの声音には苦みがあった。

 オズワルドは肩をすくめ、わざと軽く笑ってみせる。

「だからこそ、表向きは別の名をつけてある。――“補欠組”だ」

「補欠組?」

「そう。第三騎士団の余り者をかき集めた、どうしようもない連中って体裁さ。

 王や側妃からすれば笑い話にしかならない。そんな小隊が、まさか殿下を守る精鋭だなんて、誰が疑う?」

 ギルベルトは目を細めた。

「……これまでの護衛では足りぬと判断したのだな」

「最低限はついていたさ。ただ、側妃の横槍があってな。増員を願い出てもことごとく却下された」

 オズワルドは声を潜める。

「本来なら王族の護衛は第一騎士団の役目だが……殿下だけは、側妃の嫌がらせで第三騎士団に押しつけられている」

 彼は小さく肩をすくめた。

「セラフィーナが多少腕が立つから、あの子たちを自ら抱えて守ってきた。それで何とかやり過ごしてきたが……」

 ギルベルトは眉をひそめ、低く吐き出す。

「確かに……乳母殿にまで剣を取らせるのは、我らの情けなさの証だ」

「そうだ。これから殿下やアウルが外で学ぶ機会も増える。行動範囲を広げてやるには、隠れた守りが要る。だから“補欠組”を立ち上げた」


 ギルベルトは黙り込み、遠い目をした。

 “補欠組”の中に、自らが選び抜いた手練を紛れ込ませていることを知っているのは、ごくわずかだった。


「右腕のカールに表向きの指揮を任せた。だが、実際は俺が動かす。……アイラの子を守るためなら、どれほどの茶番でもやってやる」


 低く、押し殺した声。

 彼がかつて愛した人の子――第三王子エドワードを「無能の烙印」で守るための策だった。

 オズワルドは再び肩をすくめる。

「いいじゃないか。影に隠れた英雄なんて、僕は好きだよ。ねえ、副団長殿?」

「英雄ではない。ただの亡霊だ」

ギルベルトは吐き捨てるように答えた。だが、その拳は固く握られている。


「……いつか、堂々と剣を振るう日が来るのか」

 その問いに、オズワルドは穏やかに目を細めた。

「来るとも。その時まで、“補欠組”の仮面をかぶらせておこうじゃないか」


 月明かりの下、二人の男は密やかに策を重ねた。

そして――誰も知らぬ「第三王子専用護衛部隊”補欠組”」が、この夜ひそかに息を吹き込まれた。


◇◇◇


緑の離宮


 七歳の第三王子エドワードは、アウレリウスと共に離宮の小径を歩いていた。

 木漏れ日に照らされた葉が揺れるたび、二人の影もゆらりと揺れる。

「エド、あの木の陰、誰かいる……?」

 アウレリウスが小声で言う。

 エドワードは慎重に足元を確かめながら立ち止まる。鳥のさえずりや風に揺れる葉の音が、妙に安心感を与える。

(昨日もあの影を見た……誰かが見ていてくれるのかもしれない)


「ねえ、エド。もしかして僕たち、見守られてるのかな」

 アウレリウスの目は真剣だ。

 エドは小さく頷いた。

「うん……悪いことは起きない気がする」

 二人は顔を見合わせ、微笑む。

「僕はちゃんと強くならないとね。守ってくれる人に迷惑をかけたくない」

 エドの声には、まだ小さいながらも慎重さと決意が滲む。

「俺も、エドを守る」

 アウレリウスは胸を張った。忠誠心は揺るがない。


◇◇◇


 夜、書斎ではセラフィーナとオズワルドが、側妃派への反撃の策を練っていた。


 月明かりが机を淡く照らす中、セラフィーナは庭の報告書を広げる。

「側妃派が教師や護衛に干渉しているの。無策では王子たちに危険が及ぶでしょうね」

 オズワルドは静かに頷く。

「派手に動く割には、裏は脆い。慌てずに布陣を整えれば、彼らを安全に守れると思うよ」

 セラフィーナは指で地図上のポイントをなぞり、策を語る。

「子どもたちには知られずに、安心して遊べる環境を作る。森や離宮の裏手も目を光らせましょう」

 オズワルドは穏やかに微笑む。

「そうだな、セフィ。私たちが陰で守れば、彼らは伸び伸びと育ってくれる」

 二人は静かに頷き合った。

 側妃派の動きも、計画的な布陣で封じられる。

 その夜、離宮の奥で、ささやかな反撃の火が静かに灯ったのだった。

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