63 番外編 セラフィーナとの出会い
オズワルドが初めて彼女を見たのは、父に連れられて騎士団入団試験の見学に来ていたときだった。
父は騎士団の事務方で、今回の試験の運営を担当している。幼いオズワルドにとっては、騎士の卵たちが剣を振るう姿を間近で見られる年に一度の特別な日だ。
そのときだった。
他の受験者よりも、わずかに背が低く、華奢な体格の一人の少年が目に留まった。
一見頼りなさそうに見えたが、試験が始まると、その剣筋は鋭く、そして美しかった。
躊躇いのない足運び。無駄のない体の使い方。若い受験者たちの中でひときわ目を引いた。
オズワルドは息をのんだ。
気づけば、誰よりもその少年を目で追っていた。
◇◇◇
試験が終わり、合格者の名が読み上げられたとき、華奢な少年――とオズワルドが思っていた受験者の名も呼ばれた。
なぜだろう、自分のことのように嬉しかった。
だが、数日後。父から「入団を辞退したらしい」と聞かされる。
理由が知りたくて、オズワルドは父にしつこく尋ねた。
「どうしてですか」
父は少し笑って答えた。
「実はな……あれは十二歳の伯爵令嬢だったそうだ」
オズワルドは絶句した。
◇◇◇
その日から、オズワルドはセラフィーナ・ドロテア・フォン・エバーハルトの噂を集め始めた。
周囲は口をそろえて「面白い娘だ」と言った。
剣術に天賦の才があり、騎士物語が大好きで、強気で、まっすぐで――。
気づけば彼女のことばかり考えていた。
父に婚約の仲介を頼んだのは、そのすぐ後のことだった。
◇◇◇
初めての顔合わせ。
庭園のテーブルの向かいで、セラフィーナは楽しそうに騎士物語について語った。
彼女の瞳は生き生きと輝き、頬がわずかに赤くなり、手振りまで交えて夢中で語る。
オズワルドの目は彼女に奪われてしまった。
鳶色の瞳を持つ自分が、平凡な青年であることはよくわかっている。
愛らしい彼女に並び立つには分不相応だ。
けれど、彼女の笑顔を見ているだけで、心臓がうるさいほど鳴った。
――この人を、幸せにしたい。
彼がそう強く願うようになるまでに、時間はほとんどかからなかった。
婚約が整った後も、オズワルドは自分が恋に落ちたことをあまり自覚していなかった。
ただ、彼女が笑ってくれれば嬉しく、困っていれば手を差し伸べたくなる。そういう気持ちが自然で、日常の一部のように感じられた。
最初の茶会で渡したのは、鍔飾りだった。
彼女が今でも剣を愛していることは噂で聞いていた。宝石や花よりも、きっとこういうものの方が喜ぶのではないか――そう思って選んだ。
セラフィーナは目を丸くして「鍔飾り?」と首をかしげた。
その仕草がなぜか可愛らしく、オズワルドは少しだけ顔を背けた。
彼女がその鍔飾りを部屋に飾っていると後で知ったとき、胸が温かくなった。
◇◇◇
何度目かのデートは観劇だった。
人混みの中、彼女がはぐれないようにと自然にエスコートする。彼女は警戒するように周囲を見ていたが、自分から手を離すことはなかった。
劇は騎士物語。お姫様が登場しない、骨太な物語だった。
彼女が終演後、興奮気味に「すっごく面白かった!」と話すのを見て、オズワルドは確信した。
――やはり彼女にはこういう方が似合う。
だからこそ次の贈り物は、銀の細工を施したオペラグラスに決めた。華美ではないが、実用的で美しく、彼女の趣味に合うものを選んだつもりだった。
◇◇◇
オペラグラスを渡したとき、彼女は少しだけ頬を赤らめたように見えた。
「私のお姫様に」
そう言って彼女の髪をひとふさ取ったとき、彼女がコトリとカップを落とした。
オズワルドはその音を、一生忘れないだろう。
その瞬間にようやく自覚した。
――ああ、自分は恋をしてしまったのだ。




