62 番外編 オズワルドとの出会い
セラフィーナ・ドロテア・フォン・エバーハルト、十六歳。
家格の近い青年、オズワルド・リリエンタール伯爵嫡男との婚約が決まった。父から告げられたときも、彼女は特に驚きもしなかった。伯爵家の娘として当然のこと。感情を挟む余地などない。
初めての顔合わせ。
鳶色の髪に鳶色の瞳。整いすぎていない、どこにでもいそうな青年。体格もやや小柄で、話す内容も可もなく不可もなく――すべてが「普通」。
セラフィーナは思った。
……この人の顔、覚えられるかしら。
◇◇◇
次はエバーハルト伯爵家の庭園での茶会。
オズワルドはひとつの箱を差し出した。開けてみれば、入っていたのは剣の鍔飾り。
宝石でも花でもアクセサリーでもない。鍔飾り? と首をかしげたが、セラフィーナは宝石にも花にもアクセサリーにも興味がなかった。
だからこそ、心の底から嬉しかった。
贈り物を部屋に飾ると、侍女たちは顔を見合わせて言った。
「良い方ですよ、婚約者様。離しちゃいけません」
なぜ? セラフィーナにはその理由がわからなかった。
◇◇◇
何度目かの顔合わせで、二人は観劇に出かけた。人混みに紛れたら二度と見つけられない――そんな不安を覚えたが、オズワルドは終始しっかりとエスコートし、決して離れなかった。
演目は騎士物語。お姫様の出てこない、硬派な剣と誇りの物語。恋愛劇に興味のないセラフィーナは夢中で見入った。
あの青年、意外とわかっている――彼女は初めてそう思った。
◇◇◇
友人とのお茶会で婚約者の話になった。
鍔飾りや観劇のことを話すと、友人たちは笑って言った。
「あら、とても愛されているのね」
愛されている?
セラフィーナは初めて気づいた。彼が自分の好みに合わせてくれていたのだと。
気づくのが、少し遅すぎた。
◇◇◇
次の茶会で、オズワルドは小さな箱を差し出した。中には黒い革に銀の細工を施した、格好いいデザインのオペラグラス。
宝石でも、花でも、アクセサリーでもない。まさしくセラフィーナ好みの贈り物だった。
「私のお姫様に」
そう言って、彼は彼女の髪をひとふさ取った。
お姫様の出てこない物語が好きだったはずなのに、なぜか胸がどきりと鳴った。
鳶色の髪も瞳も、途端にとびきり素敵な色に見えた。
そしてセラフィーナは気づいた。
――ああ、わたし、恋をしてしまったのだわ。




