57 追放
エドワードに手渡された一枚の書類。そこには、かつて死産とされたルクレツィアの第二子の真実が記されていた。
――その子は生きており、産婆の手を経て、ルクレツィアのかつての愛人のもとに隠されていたのだ。
王の血を引く子をなぜ密かに……理由は書かれていない。
エドワードは第三者監察院を駆使し、この謎を徹底的に洗い出した。
◇◇◇
本宮、謁見の間。
玉座に座すのはもはや王ではなかった。第一王子コンスタンティンが重々しく腰掛け、その傍らには王太后と正妃。
反対側には王女オクタヴィア、第二王子マクシミリアン、第三王子エドワードが並ぶ。
呼び出されたルクレツィアは、相変わらず派手な衣装に身を包み、絨毯を踏みしめて進んだ。
(な、なぜ王太子殿下がその席に……?)
淑女の仮面を被ったまま、完璧なカーテシーを見せる。
「面を上げよ。楽にしてよい」
コンスタンティンの声は大きくない。それでも謁見の間の隅々にまで響き渡り、ルクレツィアの背筋を凍らせた。
「結論を告げる。――ルクレツィア側妃。お前を簒奪を企てた罪により、追放とする」
「はぁ!? 何を根拠に!」
王太子に近づこうとした瞬間、マクシミリアンが立ち塞がった。
「母上、御免!」
その腕を掴み、彼女を後ろに押し戻す。
「ちょっと! この裏切り者が!」
エドワードが一歩前に進み、低くゆっくりと告げた。
「この男に見覚えは?」
扉が開き、後ろ手に縛られた男が騎士に連れられてくる。
紫の瞳――ルクレツィアのかつての愛人だった商人だ。
「し、知らないわ!」
「嘘だ! ルクレツィア! 俺の太陽!」
やつれ果てた男は狂気じみて叫び続ける。
「本当にそうですか?」
エドワードの声は、穏やかなのに底冷えするような恐ろしさを含んでいた。
「ルクレツィア! ルクレツィア! 俺の子供を産んでくれただろう! 俺とこの国を引っ張っていくんだろ! 俺の女王様!!」
「やめて! やめてよ! 黙りなさいよ!!」
「三年前にあなたが産んだ子ども。紫の瞳を持っていた。その子は今、我らが保護している」
エドワードの声は低く、冷たかった。
ルクレツィアは青ざめ、味方を探すように周囲を見回したが、誰も目を合わせなかった。
マクシミリアンに後ろ手を取られながら、その場に座り込む。
「嘘よ……。嘘」
放心したルクレツィアに少しマクシミリアンの抑える手がゆるんだ。
ルクレツィアは最後の足掻きとばかりにエドワードに向かって走り出す。
「全部! あんたのせいよ! 穢らわしい呪われた子ども!」
正妃がエドワードの前に出る。
マクシミリアンはルクレツィアの髪を掴んで止めようとした。
その瞬間。
扉が轟音と共に開き、獣のような咆哮が響いた。
「ルクレツィア! お前も私を裏切ったのか!!」
現れたのは薬に溺れ、変わり果てた現国王。
謁見の間にいた人々から悲鳴が上がった。
王はまさに獣のようにルクレツィアに掴み掛かると、その首を締め上げた。
「殺してやる! 殺してやる!!」
マクシミリアンが素早く王に飛び掛かるが、もはや狂人と化した王を止められずにいる。
「早く! これを止めなさい!」
王太后が叫んだ。
エドワードは正妃を庇うようにして立つ。
騎士が五人がかりで王をやっと引き剥がすと、ルクレツィアは首を抑えて咳き込んだ。
商人の男も狂気の声を上げ続け、場は完全に混乱に包まれている。
コンスタンティンはゆっくりと立ち上がり、騎士に押さえられた商人の前に歩み寄った。
「王家の名を汚し、王のものに手を出した罪。――処刑に処す。連れていけ」
そしてルクレツィアに向き直る。
「お前も愚かだったな。追放とする。生きたければ国を去れ」
ルクレツィアは嗚咽を漏らし、力なく頷いた。
最後に王の前に立ち、コンスタンティンはゆっくりと膝を折った。
「父上……もはやあなたは王ではない。宵闇の塔に幽閉しよう。私が王冠を継ぐ。――どうぞ安らかに」
ルクレツィアと王は騎士に引きずられるようにして連れられ、謁見の間を後にした。
玉座の前に立つコンスタンティンの肩に、王太后が王者のマントをかける。
「王は正気を失われた。ゆえに私、第一王子コンスタンティンがこの玉座を継ぐ。
我が治世に力を尽くす者は、ここに跪け」
王太后、正妃、オクタヴィア、マクシミリアン、エドワードが静かに膝を折った。
やがて大臣も廷臣も次々と跪き、謁見の間は新たな王の誕生を告げる沈黙に包まれた。




