55 直接対決
王宮の長い回廊。磨き上げられた大理石の床に、二人の女の影がゆっくりと近づいていく。
先に歩み出たのはルクレツィア。
背は高く、豊満な体つきを包むのは濃い宝石のような色のドレス。
黒髪は豊かにうねり、猫の目を思わせる切れ長の黒い瞳が鋭く光っていた。
その美しさは今なお衰えず、むしろ怒りと焦燥が彼女に獣じみた迫力を与えていた。
一方で、向かい合った正妃アイラは、白磁の肌に淡いプラチナブロンドの髪を真っ直ぐに垂らし、華奢な体をすっと立たせていた。
アーモンド型の空色の瞳は澄み切り、宮廷の誰もがため息を漏らすほどの完璧な造形。
その姿は柔らかでありながら、近寄りがたい威厳を湛えていた。
回廊に偶然居合わせた婦人たちが、息をのんで立ち止まった。
宮廷の華と呼ばれた二人の女が、ついに真正面から相対したのだ。
ルクレツィアの黒い瞳が、氷のように冷たい光を放った。
「……ずいぶんと、お元気そうで」
アイラは微笑を崩さず、静かに応じた。
「おかげさまで。皆様のご厚意のおかげですわ」
「厚意、ね。王太后様や王太子殿下に庇われて、さぞ居心地がよろしいのでしょう?」
アイラはわずかに顎を上げた。
「ええ、とても。――それに、陛下の御心も」
その言葉に、ルクレツィアの顔がかすかに歪んだ。
かつて自分だけが王の心を占めていたはずなのに。
だが今、王は薬に溺れ、誰の声も届かない。
その事実がルクレツィアの胸を焼いた。
そこに偶然居合わせた数人の婦人たちが、遠巻きに二人のやりとりを見ていた。
かつてはルクレツィアの一挙手一投足に憧れた彼女たちも、いまは正妃に敬意の視線を向けている。
「正妃殿下はお変わりになったわ……」
小さなささやき声が、ルクレツィアの耳に突き刺さった。
◇◇◇
「調子に乗って……!」
ルクレツィアは部屋に戻ると手元の杯を投げつけた。
だが彼女の放つ影は、もはや王太后と王太子の陣営の前では何の力も持たなかった。
暗殺者も金で動く廷臣たちも、次々と姿を消し、情報はすべてウルバヌスの網にかかっていた。
それでもルクレツィアは諦められなかった。
彼女の瞳には、まだ追い詰められた獣のような光が宿っていた。




