表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
青年期
55/65

55 直接対決

 王宮の長い回廊。磨き上げられた大理石の床に、二人の女の影がゆっくりと近づいていく。


 先に歩み出たのはルクレツィア。

 背は高く、豊満な体つきを包むのは濃い宝石のような色のドレス。

 黒髪は豊かにうねり、猫の目を思わせる切れ長の黒い瞳が鋭く光っていた。

 その美しさは今なお衰えず、むしろ怒りと焦燥が彼女に獣じみた迫力を与えていた。


 一方で、向かい合った正妃アイラは、白磁の肌に淡いプラチナブロンドの髪を真っ直ぐに垂らし、華奢な体をすっと立たせていた。

 アーモンド型の空色の瞳は澄み切り、宮廷の誰もがため息を漏らすほどの完璧な造形。

 その姿は柔らかでありながら、近寄りがたい威厳を湛えていた。


 回廊に偶然居合わせた婦人たちが、息をのんで立ち止まった。

 宮廷の華と呼ばれた二人の女が、ついに真正面から相対したのだ。



 ルクレツィアの黒い瞳が、氷のように冷たい光を放った。

「……ずいぶんと、お元気そうで」


 アイラは微笑を崩さず、静かに応じた。

「おかげさまで。皆様のご厚意のおかげですわ」


「厚意、ね。王太后様や王太子殿下に庇われて、さぞ居心地がよろしいのでしょう?」


 アイラはわずかに顎を上げた。

「ええ、とても。――それに、陛下の御心も」


 その言葉に、ルクレツィアの顔がかすかに歪んだ。

 かつて自分だけが王の心を占めていたはずなのに。

 だが今、王は薬に溺れ、誰の声も届かない。

 その事実がルクレツィアの胸を焼いた。


 そこに偶然居合わせた数人の婦人たちが、遠巻きに二人のやりとりを見ていた。

 かつてはルクレツィアの一挙手一投足に憧れた彼女たちも、いまは正妃に敬意の視線を向けている。


「正妃殿下はお変わりになったわ……」

 小さなささやき声が、ルクレツィアの耳に突き刺さった。


◇◇◇


「調子に乗って……!」

 ルクレツィアは部屋に戻ると手元の杯を投げつけた。


 だが彼女の放つ影は、もはや王太后と王太子の陣営の前では何の力も持たなかった。

 暗殺者も金で動く廷臣たちも、次々と姿を消し、情報はすべてウルバヌスの網にかかっていた。


 それでもルクレツィアは諦められなかった。

 彼女の瞳には、まだ追い詰められた獣のような光が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ