52 王太后の采配
ある日、華の離宮で王太后が侍従長を呼び出した。
「緑の離宮の改築に着手なさい。……あの子が住むにはあまりにも見窄らしいわ」
それは決して大きな工事ではなかった。だが緑の離宮の外壁は塗り直され、庭は整えられ、古びた家具は新しい調度品に入れ替えられた。
同時に、王太后は王宮の各部署に命じ、緑の離宮へ有能な使用人を派遣した。これまで館を維持するだけで手一杯だった場所に、新しい人材が次々とやって来る。彼らは皆、王太后の息のかかった者たちであり、側妃ルクレツィアの影響下にない人々だった。
◇◇◇
そして決定的な命令が下された。
「“補欠組“を、第三王子専属近衛騎士団として認定しなさい」
団長に任命されたのはギルベルト・トフィーネ。
宮廷内では「影に生きる寡黙な騎士」として知られ、彼が王太后の後ろ盾を得て第三王子の守りに就くと発表されたとき、宮廷の空気は一変した。
「ついに……」
エドワードもアウレリウスも、緑の離宮の窓から見える騎士団の新しい旗を、息をのんで見つめていた。
◇◇◇
もちろん、王太后の狙いは明白だった。
――第三王子を守ることそのものよりも、王太后がその力と影響力を宮廷全体に示すこと。
しかしエドワードたちにとって、それでも十分だった。
これまで「追いやられた可哀想な王子」でしかなかった自分が、ようやく一人前の立場を得た。
「……僕たち、ようやく王族らしくなれたのかな」
エドワードの言葉に、アウレリウスは頷きながらも、少しだけ涙ぐんでいた。
◇◇◇
改築された離宮、美しく整えられた庭、増員された使用人、そして近衛騎士団。
これらは宮廷中に噂となって広がっていった。
「王太后は第三王子を冷遇していない」
「むしろ、後ろ盾になろうとしているのでは……?」
人々の視線が、初めて第三王子に集まり始めた。
エドワード自身はまだその意味を知らない。
だが彼が宮廷の一角で確かな存在感を持ち始めたのは、この日からだった。




