51 動き出す宮廷
エドワードがウルバヌスの配下として学び始めて一月ほどが経った頃、王宮で小さな事件が起きた。
王家の倉庫から物資が消えた――ただそれだけの話だったが、裏には貴族派閥同士の対立が潜んでいた。
ウルバヌスは淡々と言った。
「エドワード、この件を調べろ。小さな波紋に見えても、その向こうに大きな潮流がある」
エドワードは初めて、与えられた情報網を使った。
アウレリウスは現場を歩き、人々の声を拾い、商人の動きを観察した。
エドワードは帳簿や密書を繋ぎ合わせ、派閥間の資金の流れを地図の上に描いていった。
数日後、二人は答えに辿り着いた。
物資の消失はルクレツィア派と対立派の貴族が互いの力を測るために仕掛けた挑発だった。
「これを宰相補佐オズワルド殿に渡せ。公にはせぬが、必要な場所には届く」
ウルバヌスの言葉に、エドワードは初めて己の手が王国の深い部分に触れたことを実感した。
◇◇◇
数日後、華の離宮。
王太后の執務室に一通の報告書が届いた。
差出人は宰相補佐オズワルド。
「この調査をまとめたのは、第三王子とその侍従アウレリウスだそうです」
王太子が淡々と読み上げた。
王女が目を細める。
「第三王子……あの子が?」
これまで、彼らにとって第三王子はルクレツィアによって冷遇された可哀想な弟でしかなかった。
だがこの報告は、その印象を少しずつ変えつつあった。
「調べも冷静で、証拠も確か。……それに早い」
王太子の声にはわずかな驚きが混じっていた。
王太后は報告書を手に取り、しばらく黙読し、やがて不敵に微笑んだ。
「可哀想なだけの王子が、少しは牙を持ち始めたらしいわね」
◇◇◇
この報告が届いた日を境に、宮廷の一部で第三王子の名が静かに囁かれ始めた。
まだ大きな動きにはならない。
だが、王太后や王女、王太子といった中枢の人間がその存在を認識し始めたことは、確かに一つの転換点だった。
エドワード自身はまだ知らない。
自分の行動が、王宮全体にどんな波紋を広げつつあるのかを――。




