50 影の学舎
翌日、エドワードとアウレリウスは再びウルバヌスの屋敷を訪れた。
前回はただ影の存在に圧倒されるばかりだったが、今日は違う。
エドワードの瞳には、昨日までになかった覚悟の光があった。
ウルバヌスは彼らを一瞥し、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「来たか。では今日から、お前たちは影の弟子だ」
◇◇◇
まず渡されたのは、一見するとただの商人や官僚の記録帳。
しかしそこには、どの家がどの派閥に資金を流し、どの役人がどこで誰と会っていたかが細かく記されていた。
「これが、国を動かす情報だ」
ウルバヌスは低く言った。
「剣は一瞬で命を奪う。だが情報は、時に国をも殺す」
エドワードは息を呑んだ。
彼が今まで学んできた学問や書物は、人を啓発し未来を築くための知識だった。
だがここで扱うのは、権力の均衡を守るための武器。
「エドワード、覚えておけ。知る者は迷い、知らぬ者は踊らされる」
◇◇◇
ウルバヌスは二人を見比べ、役割を告げた。
「エドワードは記録と分析を。お前は冷静さと視野の広さを持っている。数字と事実を読み解く目を鍛えろ」
「……はい」
エドワードは緊張しながらも頷いた。
「アウレリウス。お前は現場を見ろ。人の表情、声、仕草、匂い。数字に現れぬものを読むのがお前の役目だ」
アウレリウスの瞳が光った。
「任せてください」
◇◇◇
最初の課題は小さなものだった。
ある商人の帳簿を調べ、彼が誰に忠誠を誓っているのかを見抜く。
金の流れ、出入りする人間、噂の出どころ――それらを組み合わせ、答えを導き出す。
アウレリウスは商人の店を実際に訪れ、従業員の表情や会話を観察した。
エドワードは屋敷に戻り、過去の記録や王宮の物資の流れと照らし合わせた。
夕刻、二人は答えを持ち帰った。
ウルバヌスは静かに頷いた。
「……悪くない」
それは短い言葉だったが、二人にとっては大きな意味を持っていた。
◇◇◇
その夜、離宮のテラスで二人は肩を並べて座っていた。
昼間の緊張がほどけ、王都の灯りが遠くに瞬いている。
「なぁ、アウル」
エドワードがぽつりと呟く。
「僕ら、もう昔みたいに無邪気ではいられないな」
アウレリウスはしばらく黙っていたが、やがてにかっと笑った。
「でも、エドは無邪気なところがある方がいい。影に染まらないためにはな」
二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。




