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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
青年期
50/65

50 影の学舎

 翌日、エドワードとアウレリウスは再びウルバヌスの屋敷を訪れた。

 前回はただ影の存在に圧倒されるばかりだったが、今日は違う。

 エドワードの瞳には、昨日までになかった覚悟の光があった。


 ウルバヌスは彼らを一瞥し、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「来たか。では今日から、お前たちは影の弟子だ」


◇◇◇


 まず渡されたのは、一見するとただの商人や官僚の記録帳。

 しかしそこには、どの家がどの派閥に資金を流し、どの役人がどこで誰と会っていたかが細かく記されていた。


「これが、国を動かす情報だ」

 ウルバヌスは低く言った。

「剣は一瞬で命を奪う。だが情報は、時に国をも殺す」


 エドワードは息を呑んだ。

 彼が今まで学んできた学問や書物は、人を啓発し未来を築くための知識だった。

 だがここで扱うのは、権力の均衡を守るための武器。


「エドワード、覚えておけ。知る者は迷い、知らぬ者は踊らされる」


◇◇◇


 ウルバヌスは二人を見比べ、役割を告げた。


「エドワードは記録と分析を。お前は冷静さと視野の広さを持っている。数字と事実を読み解く目を鍛えろ」


「……はい」

エドワードは緊張しながらも頷いた。


「アウレリウス。お前は現場を見ろ。人の表情、声、仕草、匂い。数字に現れぬものを読むのがお前の役目だ」


 アウレリウスの瞳が光った。

「任せてください」


◇◇◇


 最初の課題は小さなものだった。

 ある商人の帳簿を調べ、彼が誰に忠誠を誓っているのかを見抜く。

 金の流れ、出入りする人間、噂の出どころ――それらを組み合わせ、答えを導き出す。


 アウレリウスは商人の店を実際に訪れ、従業員の表情や会話を観察した。

 エドワードは屋敷に戻り、過去の記録や王宮の物資の流れと照らし合わせた。


 夕刻、二人は答えを持ち帰った。

 ウルバヌスは静かに頷いた。

「……悪くない」


 それは短い言葉だったが、二人にとっては大きな意味を持っていた。


◇◇◇


 その夜、離宮のテラスで二人は肩を並べて座っていた。

 昼間の緊張がほどけ、王都の灯りが遠くに瞬いている。


「なぁ、アウル」

 エドワードがぽつりと呟く。

「僕ら、もう昔みたいに無邪気ではいられないな」


 アウレリウスはしばらく黙っていたが、やがてにかっと笑った。

「でも、エドは無邪気なところがある方がいい。影に染まらないためにはな」


 二人は顔を見合わせ、少しだけ笑った。


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