46 ウルバヌスの影
静かな部屋に、ウルバヌスとセラフィーナ、そしてオズワルドだけがいた。
重い沈黙の後、ウルバヌスが静かに告げる。
「エドワードを、我らの手に委ねてほしい。――これから先は、宮廷の影を知らねばならぬ」
セラフィーナは瞬きを忘れた。
ウルバヌス猊下は教会連の重鎮であり、学識も見識も兼ね備えた導き手。
エドワードたちにとって、まるで高い塔の上から差し伸べられた光のような存在だった。
だが今、彼の声には、血の匂いを孕んだ深い闇があった。
オズワルドが口を開く。
「僕のセフィ、驚かずに聞いてくれ。
猊下はただの賢者ではない。教会連と王族、貴族会――その均衡を監視する影の組織を束ねるお方だ」
セラフィーナは夫の言葉に、思わず息を呑んだ。
宮廷の血生臭い裏側を、彼女は誰よりも知っている。
その渦の中で幼い命がいかに脆いかも痛いほど理解していた。
「殿下はこれから権力の光と闇を知る。だが我らの手でなければ、その渦に呑まれるだけだ」
ウルバヌスの声音は静かで、しかしどこか冷徹な響きを持っていた。
セラフィーナはしばらく黙り、視線を落とした。
まるで長年抱え続けてきた庇護の手を、いま解き放つべきかどうか、己に問うているようだった。
やがて彼女はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には迷いも恐れもなかった。
「……わかりました。殿下を託します。母としてではなく、この国の未来のために」
その言葉に、オズワルドでさえわずかに息を詰めた。
ウルバヌスは静かに頷き、初めてわずかな微笑を見せた。
「殿下はきっと、強くなられる」




