45 新しい風
騎士団の寮。
訓練を終えたマクシミリアンのもとに、一人の少年が現れた。
「お久しぶりでございます、殿下」
エルドリッジ子爵家の嫡男、クレメンス。
家格は高くないが、外国との交易で財を成し、古いしきたりに囚われない気風を持つ家柄だった。
「俺に何の用だ」
マクシミリアンは水で喉を潤しながら、視線を向ける。
クレメンスは深々と一礼した。
「これまで第二王子派として殿下にお仕えしておりましたが、本日をもってその務めを終えたく存じます」
「……そうか」
マクシミリアンの声には怒りも失望もなかった。
むしろ、もう派閥などに縛られない自分にとって、この報せはどこか清々しくすらあった。
「その上で、第三王子殿下――エドワード殿下の御旗のもとに立ちたいと考えております」
クレメンスの目は澄んでいた。義理を欠かすまいとする気配がにじむ。
マクシミリアンは一瞬、息を吐いて笑った。
「わざわざ俺に言いに来るとはな。……義理堅いやつだ」
彼は立ち上がり、クレメンスの肩に手を置いた。
「弟を支えてくれるのなら、ありがたい。――俺はもう派閥には興味はないが、俺についてきた者たちは必ず守る。離れる者を恨みはしない。好きにしろ」
クレメンスは深々と頭を下げた。
「感謝いたします」
マクシミリアンはこざっぱりとした笑みを見せ、踵を返した。
彼にとってはもう、それで十分だった。
翌日、少年は緑の離宮を訪れた。
エドワードはアウレリウスと共に応接間に現れ、少し緊張した面持ちで彼を迎えた。
「初めまして、殿下。私はクレメンス・エルドリッジ。エルドリッジ子爵家の嫡男です」
柔らかな物腰。丁寧な言葉。だがその奥には、しなやかな強さがあった。
「私はこれまで第二王子派に身を置いておりました。ですが今後は、殿下のお力となりたい。――新しい風を、殿下のもとに集めるために」
エドワードは思わずアウレリウスと目を合わせた。
「なぜ、僕に?」
「殿下は謙虚と皆が申します。しかし、謙虚の裏にあるものを見抜ける者もおります。私は、殿下のもとに未来を見たいのです」
エドワードの胸に、これまでにない確かな重みが広がった。
クレメンス・エルドリッジが第三王子派についたことで、これまでルクレツィアと距離を置いていた新興貴族や、交易で財をなした商人たちが動き出した。
彼らは古い権威よりも、新しい秩序を望んでいた。
そして彼らにとって、エドワードの清廉さと謙虚な気質はむしろ安心感を与えたのだ。
こうして第三王子派は、静かに、だが確実に膨らみ始めた。




