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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
青年期
42/65

42 王太后たちの帰還

 華の離宮の大広間は磨き上げられ、陽光が白い床に反射していた。

 王太后が高座に座し、両脇に王太子と王女。

広間の中央には正妃が立ち、深く礼をした。


「王太后陛下、王太子殿下、王女殿下。ご帰還、心よりお祝い申し上げます」


 王太子はじっと正妃を見つめ、やがて低く言った。

「母上は、父上に殴られたと聞きました」


 正妃はわずかに目を伏せる。

 王太子と王女は事実、彼女の実子だ。だが彼らは幼い頃から王太后のもとで育ち、正妃を母として慕う気持ちはない。

 正妃自身もそれを受け入れていた。母と呼ばれたいなどと、一度も望んだことはない。


 王女が腕を組み、皮肉げに言った。

「母上が殴られた、なんてね。私たちの母上が」


 言葉の響きに感情はなかった。ただ事実を告げただけの冷ややかさ。


「……ええ」

 正妃はわずかに笑みを浮かべた。

「母としての顔は、とうに失っております」


 王太子が頷く。

「だが王妃としての務めは果たした。それは否定しない」



 王太后がゆっくりと口を開いた。

「殴られたとき、あの場にいた者たちがどう見たと思う?」


 王女が即座に答える。

「王が自ら威信をかなぐり捨てたのよ。おばあさまもお兄様も、みんなそう言ってたわ」


「事実だ」

 王太子の声は冷たかった。

「公衆の面前で王妃を殴る――それは王としての権威を自ら壊す行いだ」



 しばしの沈黙ののち、王太后が正妃を見据えた。

「……おまえ、まだ王妃の立場を守る気はあるのかい?」


 正妃は少しもためらわず答えた。

「この身がどうなろうと構いません。ただ、王宮が乱れるのは見過ごせません」


 その声には揺るぎがなかった。


 王太后は立ち上がり、静かに告げた。

「よかろう。この離宮と、この宮廷の秩序。しばらくはおまえに任せる。――私の名のもとに」


 広間にざわめきが走った。


 王太子が低く言う。

「おばあさまの名は、この国で最も重い。正妃殿下、これであなたの背には我らがつくことになる」


 王女が毒舌を投げつけるように笑った。

「これで王妃を殴ろうものなら、父上はただの暴君ね。面白い見世物だわ」


 正妃は深く一礼した。

「ありがたき幸せにございます」


 その姿は、誰の目にも揺るぎなく、静かに力強かった。

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