42 王太后たちの帰還
華の離宮の大広間は磨き上げられ、陽光が白い床に反射していた。
王太后が高座に座し、両脇に王太子と王女。
広間の中央には正妃が立ち、深く礼をした。
「王太后陛下、王太子殿下、王女殿下。ご帰還、心よりお祝い申し上げます」
王太子はじっと正妃を見つめ、やがて低く言った。
「母上は、父上に殴られたと聞きました」
正妃はわずかに目を伏せる。
王太子と王女は事実、彼女の実子だ。だが彼らは幼い頃から王太后のもとで育ち、正妃を母として慕う気持ちはない。
正妃自身もそれを受け入れていた。母と呼ばれたいなどと、一度も望んだことはない。
王女が腕を組み、皮肉げに言った。
「母上が殴られた、なんてね。私たちの母上が」
言葉の響きに感情はなかった。ただ事実を告げただけの冷ややかさ。
「……ええ」
正妃はわずかに笑みを浮かべた。
「母としての顔は、とうに失っております」
王太子が頷く。
「だが王妃としての務めは果たした。それは否定しない」
王太后がゆっくりと口を開いた。
「殴られたとき、あの場にいた者たちがどう見たと思う?」
王女が即座に答える。
「王が自ら威信をかなぐり捨てたのよ。おばあさまもお兄様も、みんなそう言ってたわ」
「事実だ」
王太子の声は冷たかった。
「公衆の面前で王妃を殴る――それは王としての権威を自ら壊す行いだ」
しばしの沈黙ののち、王太后が正妃を見据えた。
「……おまえ、まだ王妃の立場を守る気はあるのかい?」
正妃は少しもためらわず答えた。
「この身がどうなろうと構いません。ただ、王宮が乱れるのは見過ごせません」
その声には揺るぎがなかった。
王太后は立ち上がり、静かに告げた。
「よかろう。この離宮と、この宮廷の秩序。しばらくはおまえに任せる。――私の名のもとに」
広間にざわめきが走った。
王太子が低く言う。
「おばあさまの名は、この国で最も重い。正妃殿下、これであなたの背には我らがつくことになる」
王女が毒舌を投げつけるように笑った。
「これで王妃を殴ろうものなら、父上はただの暴君ね。面白い見世物だわ」
正妃は深く一礼した。
「ありがたき幸せにございます」
その姿は、誰の目にも揺るぎなく、静かに力強かった。




