40 偽りの誕生
王宮の奥、しばらく沈黙を守っていたルクレツィア側妃の離宮に、久方ぶりに慌ただしさが戻っていた。
長い妊娠期間、彼女はほとんどベッドの住人だった。体調はすぐれず、彼女が恐れていたのは自分の体ではなく、何も仕掛けられぬまま時だけが過ぎていくことだった。
陣痛が始まっても、その苛立ちは消えない。
しかし、産声の代わりに響いたのは産婆の悲鳴だった。
茶色の瞳の王と黒目の側妃――だが、生まれた子の瞳は紫。
美しいが、あまりにも真実を語る色。ルクレツィアはその瞳をよく知っていた。お気に入りの商人ティベリウスの瞳。
「そんなはずは……」
唇が震え、否定の言葉が出ない。信じて疑わなかったからこそ、その現実は彼女を打ちのめした。
ルクレツィアは大金をはたき、産婆に口止めと密命を下した。
――この子は死産だったことにしろ。
ティベリウスに渡し、二度と私の前に現れるな。
部屋には産声の代わりに、重苦しい沈黙だけが残った。
◇◇◇
同じ頃、白亜の離宮へ報せが届いた。
王太子、王女、そして王太后が本殿へ戻ることが決まったのだ。
しばらく彼らが住まうのは、本殿隣の華の離宮。かつて王太后が暮らし、今は人の気配の途絶えていた場所だ。
正妃の指揮の下、使用人や庭師たちが慌ただしく整備が始められている。王宮内の腹心たちからは次々と報告が届いた。
王太后はその手紙に目を通し、薄く笑んだ。
「……やっと、目が覚めたのね」
白亜の離宮に差し込む光の中、その笑みは冷たくも強かった。




