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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
幼年期
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4 緑の離宮にて

 正妃殿下には三人のお子がいるが、長男の王太子、長女の王女は先王、王太后のおわす白亜の離宮でともに暮らしている。湖が見える豪奢な離宮は遠目で見ても美しいからと、王都から馬車で2日ほどかかる場所だが、観光地として人気である。

 一方の第三王子殿下は、緑の離宮と呼ばれる王宮の隅っこにある館にお住まいである。かつては王の寵愛の厚かった公娼に与えられた住まいで、館そのものはこじんまりとしているものの、庭園も室内の装いもファッショナブルで贅を尽くしていた。優美な見た目とは裏腹に、その公娼と働いていた使用人たちは次々と謎の病で亡くなっており、呪われていることで有名な館でもある。

 館内の壁紙は当時人気のあったグリーンで統一されていて、その色こそがファッショナブルの代名詞であった。だが、幼い子どもが暮らすにはやや暗いと感じた乳母の一存で全て撤去したが、そのこともまた、貴族たちの嘲笑を買ったのは言うまでもない。優美をわからない第三王子などと言われたのである。緑の壁紙を剥がさせたのはセラフィーナであるが、幼い第三王子の揶揄の原因になったことは心苦しく思っている。

 だが、少年たちの体の健康の方が大事だろう。

世の貴族どもは見る目がない、と、セラフィーナは思うのだ。殿下はただの「冷遇された第三王子」で終わるようなお方ではない。


 ある日の午後、書庫で見張りの目を盗んで遊んでいたエドワード殿下とアウレリウス。

二人は分厚い書物を床いっぱいに広げて、何やら熱心に相談していた。

「アウル、ほら、この数字をこう動かすと……」

 エドワードは七歳の小さな指で、羊皮紙に素早く数字を書き連ねる。

「えっ……すごい!本当に割れた!」

 アウレリウスが目を輝かせる。

 難解な割算を、殿下は誰にも教わらずにやってのけたのだ。

「おかあさま! エドワードは天才です!」

 アウレリウスが飛びついて報告してくると、セラフィーナは口元を覆って笑うしかなかった。

「まあ……また随分と早熟なこと」

 実際、殿下は数だけでなく、地図や歴史書の理解も異様に早い。問いかければ、年齢にそぐわぬ論理的な返答が返ってくる。そして、あどけない顔で「アウルが分かるように説明したい」と言うのだ。自分の知識を誇るのではなく、弟同然のアウレリウスに伝えようとする。(アウレリウスの方が年上だが、まぁ、いいだろう)


 そこがまた、ただの神童ではないと思う証左である。


「やはりこの子は……ただの王子ではないわ。隠しておくには勿体無い子」

 セラフィーナは心の底から思う。冷遇されていようと、呪われた館に押し込められていようと、この子には未来がある。


 だからこそ、彼を守らなければならない。

 乳母として――いや、母として。

戯言ですが。

セラフィーナの言う「馬車で二日」とは、王家所有の最新式の馬車で、何十頭もの馬を使っての移動を想定しています。なので、かなり遠い場所なんじゃないかな。

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