34 錆びぬ誓い
ギルベルトは一行を事務所内の小さな個室に通すと、騎士の礼を正しくとり、深く一礼した。
「正妃殿下、そして殿下方。まずはここまでお運びいただいたこと、感謝いたします」
エドワードは居心地の悪さに小さく息を呑む。質素な机と椅子だけの部屋に、飾り気は一切ない。それでも、ここに立つ男の存在感が場を満たしていた。
「トフィーネ卿」
正妃の声は静かだった。
「あなたが……我が子を守ってくださったと、聞いております」
その一言に、エドワードとアウレリウスは同時に目を見合った。そのことをエドワード達が知ったのは、つい最近だったが、正妃も知っていたのかという驚き。ギルベルトの眼差しが、初めて二人へと注がれる。
「……殿下方に伝えるべき時が来たと存じます」
彼は姿勢を崩さず、淡々と告げた。
「数年前から、第三王子殿下のために特別な護衛部隊を作り、指揮してまいりました。過去に、殿下を狙った暗殺計画がございました。リリエンタール伯爵にお声掛けいただき、暗殺計画の阻止に尽力させていただきました」
エドワードの心臓が大きく跳ねた。
5年前、行幸中に暴動が起き、乳母を射た弓。
「あの時の……」
エドワードを守っている隊長であるカールは「自分は表向きだけの隊長だ」と言っていた。話には聞いていたが、本人の口から聞くと現実味を増してくる。
ギルベルトは続けた。
「その後も度々不審な動きをする者が緑の離宮の周辺に現れておりましたが、全て排除しました」
エドワードとアウレリウスから「ひっ!」と声が漏れる。
何も知らずに呑気に生きてきた。あの事件以来、暗殺の影も形もないのだと思い込んでいた。セラフィーナに視線を送ると彼女は当然のような顔をしていたので、乳母は全て把握はしていて、幼い自分達には何も知らせずにいたのだろう。
ギルベルトの唇がわずかに緩む。
「ご安心ください。殿下は一切お気づきにならず、平穏な日々を過ごしておられました。それでよろしいのです」
硬い言葉の裏に、温かな誇りが覗いていた。
エドワードは言葉を失い、膝の上で握る拳に爪を食い込ませた。知らぬところで、自分の命が狙われていた。そして、その影を振り払い続けた男が目の前に立っている。
「……ありがとうございます」
震える声がようやく零れる。
どうして自分を守ってくれるのか、だけどそれが彼の職務なのだ。「なぜ」などと聞いてはいけない。
ギルベルトは一歩も揺るがぬ姿勢のまま、快活に笑った。あまりにも爽やかで「当代随一の美丈夫」の名は未だ健在なのだと思わせる。
「礼はいりません。それが私の仕事。武人の誓いだからです。
殿下を守ることは、私がかつて真珠姫に誓った忠義そのもの。たとえ地に落ちようとも、誓いは錆びぬのです」
その言葉はずしりとエドワードに重く響いた。
胸の奥で、何かが強く揺らぎ始めていた。
理不尽な王族の在り方に心が折れそうになる日もあった。
だが――この男は折れなかった。
その矜持を前に、己の弱さを恥じずにはいられなかった。
「……僕も……強くなります」
抑えきれずにこぼれたその言葉に、ギルベルトの眼差しが一瞬柔らかく揺れる。
だが彼は頷きだけを返し、それ以上は語らなかった。




