33 十六年の再会
馬車が止まったのは、第三騎士団の事務所や食堂が入るこじんまりとした素朴な館の前だった。館の奥には別棟として、訓練所があり、そこから騎士たちの訓練中の声が漏れ聞こえてくる。
館の玄関前に、一人の男が立ち、馬車を迎えた。背は高く、年齢を重ねてもなお背筋は真っ直ぐ。陽に焼けた肌、それでも澄んだ眼差しは若き日の剣士のままだった。先についたエドワード達と簡単に挨拶を交わしてから、正妃殿下の馬車を迎えた。従者にエスコートされながら正妃が降りてくる。
「……ギルベルト」
思わず零れたその名は、十六年もの沈黙を破る声だった。
男の瞳が揺れる。驚き、そして抑えきれない光。だが次の瞬間には、深々と膝を折り、地に頭を垂れていた。
「お久しゅうございます、正妃殿下」
その声音は、忠誠を尽くす武人のもの。
だがエドワードには分かった。わずかな震えの奥に、抑えきれぬ歓喜と懐かしさが混じっていることを。
アイラは立ち尽くし、しばし言葉を失っていた。淡い色のヴェール越しの瞳が潤む。震える手を伸ばしかけて――しかし、すぐに引き寄せるように胸に抱きしめた。
「十六年……。やっと会えたわ」
それだけを絞り出すと、言葉は涙に溶けてしまった。
吹き込む風が一瞬止んだようだった。
アウレリウスが息を呑み、セラフィーナは思わず目を伏せた。
エドワードは拳を握りしめた。
彼の胸を、熱と痛みが同時に駆け抜けていく。
「……殿下。わたくしは、この日をどれほど待ち望んだことでしょう」
ギルベルトは頭を上げ、ただ真っ直ぐに正妃を見つめた。
その瞳に映るのは、決して失われなかった忠義と、言葉にできぬ想い。
「私も……」
アイラの声が震える。
「あなたに、顔向けできるほど強くなるまで、会うことができなかったの」
二人の視線が重なる。
十六年の時が一瞬で溶け、そこに在るのはただ、若き日の誓いの残響だった。
エドワードは胸が張り裂けそうだった。
王族という理不尽のもとで、どれだけの人生が狂わされたのか。けれど、この男は折れなかった。母もまた、今こうして立ち上がっている。
「……僕も、強くならなきゃ」
誰に向けたでもない呟きが、乾いた地面に落ちて溶けていった。




