30 まっすぐな背
訓練所にて
マクシミリアンの稽古が一区切りついた。
汗を拭いながら剣を納め、ふと視線を横に向けると、入口近くに立つ二人の姿が目に入る。
「……」
しばらくじっと見据えたのち、彼はゆっくりと歩み寄ってきた。
「兄上!」
思わず声を上げたのはエドワードだった。
駆け寄りたい気持ちをぐっと抑えて立ち尽くすと、マクシミリアンはほんの少し口を動かした。
「……来ていたのか」
「は、はい! 護衛に案内してもらって……」
エドワードは慌てて言葉を繋ぐ。
「そうか。……どうだ」
「え?」
「離宮での暮らしは」
言葉を探すように途切れ途切れだが、それでも彼が弟たちに気を配ろうとしているのが伝わった。
「はい! 元気にしています! 護衛の方々もよくしてくださって!」
エドワードは少し声が裏返ったが、一生懸命に答える。
マクシミリアンは一拍おき、短く頷いた。
「……そうか。それならいい」
その素っ気ない言葉だけで、エドワードの胸は温かさでいっぱいになった。
アウレリウスも、エドワードの表情が以前より柔らかいことに気づき、少し安心する。
「また……剣を見に来るといい」
そう告げると、マクシミリアンは再び仲間たちのもとへ戻っていった。
エドワードはその背中を見送りながら、頬を赤らめてぽつりと呟いた。
「やっぱり、かっこいいな……兄上」
二人が余韻に浸っていると、そばに立っていた長身の騎士がゆっくりと声をかけてきた。
「殿下方……お初にお目にかかります。私は第一騎士団近衛第二隊所属、レオネル・ファーレンと申します」
温厚な眼差しの中に、芯の強さを宿した男だった。
マクシミリアンの剣を見守っていた視線が、深い誠実さを物語っている。
カールが一歩前に出て軽く敬礼した。
「……レオネル様。お久しぶりです」
「やはり。あなたは第三騎士団所属……でしたね」
レオネルは少し声を落とし、ためらうように続けた。
「ギルベルト副団長は……お元気でいらっしゃいますか?」
「はい。変わらず、力強くおられますよ」
カールが誇らしげに答えると、レオネルは安堵の色を浮かべて小さく笑った。
「そうですか……。あの方は、私にとって剣の師であり、人としての憧れでもありました」
その言葉に、エドワードとアウレリウスは思わず互いを見やった。
正妃の婚約者であったというギルベルト。
そして、王に奪われた運命。
父母の世代から続く確執の影が、ほんのりと浮かび上がる。
「ギルベルト様は、真っ直ぐなお方です」
レオネルは遠くを見るような目で言った。
「理不尽に膝を折られても、決して濁ることなく。……あの背中を、私は今でも追い続けています」
その声音には、深い敬愛と、少しの哀惜がにじんでいた。
二人の少年は胸に熱いものを覚える。
父王の傲慢な振る舞いに苦しむ母。
そして、巻き込まれた騎士。
それでも真っ直ぐに生きる大人たちの姿が、眩しく思えた。
「……僕、いつかお会いしてみたいです」
思わず口にしたエドワードの言葉に、レオネルは柔らかな微笑みを浮かべ、深く頷いた。
「きっと、その日が来るでしょう」




