28 氷解の兆し
知識の塔 講義室 四回目
講義終了の合図が鳴り響いた瞬間、エドワードは勢いよく立ち上がった。
その慌てぶりに、隣のアウレリウスは思わず吹き出しそうになる。
「ちょ、ちょっと急ぎすぎだよ」
小声で言いながらも、結局エドワードの背を追いかける。
マクシミリアンはいつものように講義室の中央に座していた。
そこへ二人が近づくと、取り巻きの少年が素早く立ちはだかった。
「マクシミリアン殿下に何か用か。呪われた王子ごときが」
エドワードの肩がびくりと震える。その前に出ようとしたアウレリウスより早く、低い声が室内に響いた。
「やめろ」
「で、殿下! ですが……」
「やめろと言った。王族の兄弟の会話に口を挟む権限を、おまえは持ち合わせているのか?」
背の高いマクシミリアンに見下ろされ、少年は蒼ざめて震えだす。
「も、申し訳ありません……!」
「いい。今回は許す。他の者と先に帰れ」
「は、はいっ!」
少年は足をもつれさせながら逃げていった。
アウレリウスは彼の名を心の中で覚えながらも――マクシミリアンがこんなに話すところを見たのは初めてかも、と別のことをぼんやり考えていた。
残されたエドワードとマクシミリアンは、互いに視線を交わす。
「こ、こ、こんにちは。兄上」
「ああ」
「……」
「……」
ぎこちない沈黙の後、マクシミリアンが唐突に言った。
「お前は、もう訓練所には来ないのか?」
「え……。あ、はい。僕もアウレリウスも小柄で、剣術はあまり得意ではありませんでしたので……。今は離宮で護身術と体力づくりを中心に、護衛の騎士から学んでいます。だから訓練所にはもう……」
「そうか。俺はレオネルという近衛騎士に教わっている。とても尊敬できる男だ」
「レオネル……騎士、ですか」
「お前も、たまには来い」
「えっ……は、はい!」
「それでは、また」
マクシミリアンは最後まで表情を変えずに言い切ると、すっと背を向けて歩き去った。
ぽかんと立ち尽くすエドワードの肩を、アウレリウスがそっと叩く。
エドワードははにかみながら、ゆっくりと微笑んだ。




