26 塔にかかる橋
知識の塔 講義室
古びた石造りの塔は、かつては忘れ去られた場所だった。しかしオズワルドの采配で新たに改修され、護衛も控え、子どもたちを集めるに十分な環境が整っている。
講義室の中心には、第二王子マクシミリアンが堂々と座る。その周囲を取り巻くように、従者や取り巻きが椅子を並べる。そのさらに外周には、王族や高級文官の子息ではない子どもたちもちらほらと顔を見せている。
エドワードとアウレリウスは、第二王子派から距離を置き、隅の席に仲良く並んで座った。初回の講義同様、ぎこちない空気が漂う。
「では……始めよう」
ウルバヌス猊下の声は、前回よりも少し厳かに、だがどこか柔らかさも含んでいる。
周囲の子どもたちは互いに視線を交わし、囁き声が漏れる。だが、マクシミリアンが低く静かな声で「やめろ」と言うと、その場はぴたりと静まり返った。堂々たる体格に恵まれた王子の威圧感は、取り巻きにも自然と伝わるのだ。
エドワードは隅で小さく微笑んだ。
マクシミリアンがわずかにこちらに視線を向けるが、目があったのは一瞬で、すぐに逸らされる。子どもたちの間のぎこちない均衡が、微妙に保たれたまま講義は進んだ。
ウルバヌスはまず、古典史の一節を読み上げる。言葉のひとつひとつが、塔の石壁に柔らかく響く。エドワードとアウレリウスは互いに小さく頷き合い、内容を咀嚼しながら聞く。
授業の終わり、ウルバヌスが史料の読み解きについて問いかける。
「この場面、エドワード君はどう考える?」
エドワードは手を挙げ、静かに答える。
「ここでは、支配者の決断に感情が混ざると、周囲の民や従者に影響が出ると考えます」
「うむ。アウレリウス君は?」
アウレリウスも肩をすくめつつ、きっぱりと答えた。
「判断には確かな情報と冷静な心が必要です」
その声が塔の空間に響き渡ると、マクシミリアンは改めて隅に座る二人に目を向けた。
取り巻きたちはざわつくが、マクシミリアンの表情は険しくも驚きもない。
授業が終わるベルが鳴り、子どもたちはざわつきながら席を立つ。マクシミリアンも立ち上がり、ちらりとエドワードとアウレリウスに視線を投げた。
そして――
「………………あの解答は、非常に良かった」
声は低く、ぎこちなく、しかし確かに届いた。
それだけ言うと、マクシミリアンはそのまま振り返り、取り巻きの方へ歩き去っていった。
エドワードとアウレリウスは、顔を見合わせて目をまんまるにし、口を小さく開けたまましばし固まる。
「え、えええっ……?」
「な、なに今の……!」
二人はまだ幼さの残る表情で、互いの腕を軽くつかみながら、思わず耳打ちする。
「兄上が、……僕たちに褒め言葉を?」
「う、うん……一言だけ……でも、すごいことじゃない?」
セラフィーナが微笑みながら、そして護衛たちが警戒を解かずに周囲を見守りつつ、塔の玄関へと案内する。
少年たちは肩を寄せ合い、まだ心臓がドキドキしているのを感じながら馬車へと歩みを進める。
「……あれはなんだったんだろう?」
「さあ……でも、ちょっと嬉しいかも」
馬車に揺られながら、二人の間には、いつもの仲良しの空気が戻る。
ぎこちない初めての接点――それだけで、彼らの小さな世界は少しだけ広がったように感じられた。




