23 国王の思いつき【少年期編】
王宮•会議場
「なんだあのジジイ、とうに隠居したと思っていたが」
議場に国王の下品な笑い声が響いた。
議題もほぼ終わり、そろそろお開きにという空気が流れていたときだった。
大臣たちは互いに目を見交わす。国王の口から「ウルバヌス猊下」の名が出たことに、驚きと嫌悪が入り混じった表情を隠せなかった。
「せっかくだ、あの老骨に講義をさせてやればよい。十日に一度ほどでどうだ?
我が息子たちと従者ども、それに文官の子息でも集めれば、教会連も文官どもも大喜びだろう。
いやはや、寛大なる王と評判も上がるというものだ!」
——悪い案ではない。だが、あまりにも猊下への敬意を欠いている。
そもそも、猊下が「呪われた緑の離宮」に足を運んでいるのは、すでに数年来の報告として国王の耳に届いていたはずだ。
今さら思いついたように語る無関心さに、大臣たちの顔は一様に白けていた。
「ははっ、さすがは陛下。誠に素晴らしきお考え。こちらで段取りいたしましょう。
ではでは、陛下のお時間をこれ以上奪ってはなりませぬ。どうぞ次の御用へ」
宰相が狸のように目を細め、手を叩く。
陛下は上機嫌で退室していった。
その背中が扉の向こうに消えるや否や、議場はざわめきに満たされた。先ほどまでの朗らかな調子は宰相の顔から消え、真剣な眼差しが背後に控えていた男へと向けられる。
「……任せたぞ」
指を差されたのは、宰相補佐オズワルドであった。
「え……えぇ〜……」
苦い顔をしたその返事に、周囲の大臣は小さく失笑した。
◇◇◇
緑の離宮
数刻後。
緑の木々に包まれた離宮の玄関ホールで、オズワルドは既に待っていた二人の姿を見つけた。
一人は、杖を支えに立つ白髪の老司祭。ウルバヌス猊下。
もう一人は、落ち着いた微笑みを浮かべる乳母セラフィーナである。
「おや猊下、もうお聞きおよびでしたか」
オズワルドは深く頭を下げた。
「ふむ。あの王にしては、なかなか悪くない思いつきだ」
ウルバヌスの声は枯れていながらも張りがある。
「エドワードもアウレリウスも、そろそろわしが教えられることは限られてきた。同世代の子らと学び合うのは、彼らにとって何よりの糧となろう」
「わたくしもそう思いますわ」
セラフィーナが柔らかく笑んだ。肝っ玉母らしい声音が玄関に響き、場の空気がほどける。
「そうか、そう言ってもらえれば肩の荷が降りる」
オズワルドは胸をなでおろした。
「どこで講義をしていただくか、まだ検討中です。
子らが学ぶ場にふさわしく、そして何より……ご安全に」
猊下は杖を軽く突き、深く頷いた。
離宮に住まう大人たちの表情は、不思議と和やかであった。
そこに王宮の陰鬱な緊張感はない。互いを信頼し、子どもたちのために力を貸し合う空気が確かに息づいていた。




