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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
少年期
23/65

23 国王の思いつき【少年期編】

王宮•会議場


「なんだあのジジイ、とうに隠居したと思っていたが」

 議場に国王の下品な笑い声が響いた。


 議題もほぼ終わり、そろそろお開きにという空気が流れていたときだった。

 大臣たちは互いに目を見交わす。国王の口から「ウルバヌス猊下」の名が出たことに、驚きと嫌悪が入り混じった表情を隠せなかった。


「せっかくだ、あの老骨に講義をさせてやればよい。十日に一度ほどでどうだ?

我が息子たちと従者ども、それに文官の子息でも集めれば、教会連も文官どもも大喜びだろう。

いやはや、寛大なる王と評判も上がるというものだ!」


——悪い案ではない。だが、あまりにも猊下への敬意を欠いている。


 そもそも、猊下が「呪われた緑の離宮」に足を運んでいるのは、すでに数年来の報告として国王の耳に届いていたはずだ。

 今さら思いついたように語る無関心さに、大臣たちの顔は一様に白けていた。


「ははっ、さすがは陛下。誠に素晴らしきお考え。こちらで段取りいたしましょう。

ではでは、陛下のお時間をこれ以上奪ってはなりませぬ。どうぞ次の御用へ」


 宰相が狸のように目を細め、手を叩く。

 陛下は上機嫌で退室していった。


 その背中が扉の向こうに消えるや否や、議場はざわめきに満たされた。先ほどまでの朗らかな調子は宰相の顔から消え、真剣な眼差しが背後に控えていた男へと向けられる。


「……任せたぞ」


 指を差されたのは、宰相補佐オズワルドであった。


「え……えぇ〜……」


 苦い顔をしたその返事に、周囲の大臣は小さく失笑した。


◇◇◇


緑の離宮


 数刻後。

 緑の木々に包まれた離宮の玄関ホールで、オズワルドは既に待っていた二人の姿を見つけた。


 一人は、杖を支えに立つ白髪の老司祭。ウルバヌス猊下。

 もう一人は、落ち着いた微笑みを浮かべる乳母セラフィーナである。


「おや猊下、もうお聞きおよびでしたか」

 オズワルドは深く頭を下げた。


「ふむ。あの王にしては、なかなか悪くない思いつきだ」

 ウルバヌスの声は枯れていながらも張りがある。

「エドワードもアウレリウスも、そろそろわしが教えられることは限られてきた。同世代の子らと学び合うのは、彼らにとって何よりの糧となろう」

「わたくしもそう思いますわ」

 セラフィーナが柔らかく笑んだ。肝っ玉母らしい声音が玄関に響き、場の空気がほどける。


「そうか、そう言ってもらえれば肩の荷が降りる」

 オズワルドは胸をなでおろした。

「どこで講義をしていただくか、まだ検討中です。

 子らが学ぶ場にふさわしく、そして何より……ご安全に」


 猊下は杖を軽く突き、深く頷いた。


 離宮に住まう大人たちの表情は、不思議と和やかであった。

 そこに王宮の陰鬱な緊張感はない。互いを信頼し、子どもたちのために力を貸し合う空気が確かに息づいていた。

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