22 王太后の独白
白亜の離宮 王太后私室
夕陽が湖面を赤く染めていた。
王太后はリクライニングチェアに身を預け、本を膝に置いたまま、もうしばらくページをめくっていない。
思考はただ未来へと巡っている。
――王太子と王女が宮殿に戻る日。
その時に備えた使用人の配置。
大臣たちとの会合をいつ設けるか。
正妃や側妃への手を打つ時期。
離宮に移り住んで十三年。
だが王太后の目は今なお宮廷を見ている。
腹心たちは宮廷の要所に潜み、動く時を待っている。
「王太子を守ること」――それこそが自分に課せられた唯一の使命。
夫である先王のことを思い返す。
幼き日に婚約を定められた男は、いつまでも子どものように無邪気で、無害で、愚かだった。
狩りや釣りに夢中で、政治に関心を持たず、公娼に入れあげた時期すらある。
だが、何も求めず、何も口を出さず、ただ放任してくれる夫は、王太后にとってはむしろ好都合であった。
その隙に人員を入れ替え、政治の場を掌握した。
政を動かすことは楽しかった。――それこそ自分が生まれてきた意味だと思えるほどに。
けれど、子の成長には目を向けなかった。
唯一の王子は、夫にはない邪悪さを宿して育った。
人のものを奪い、愉悦に浸る――その醜さを見るたびに、王太后はますます息子を顧みることができなくなった。
その王子は、「当代随一の美丈夫」などと謳われた美貌の騎士ギルベルトに対抗心を燃やし、無理やり彼の婚約者であった真珠姫を奪って正妃に据えた。
そして生まれたのが、王太子である。
真珠姫は美しかった。だが、引き離された反動か、生気を失い、魂を抜かれたような女になってしまった。
代々の王は二十歳前後で玉座を譲る習わしがある。
夫もまた何も考えずに王位を退き、精神的に幼すぎる息子を王座に据えた。
支えとなるはずの正妃は役立たず。
側妃は欲望ばかりが強く、浅知恵で、ついには王太子の命まで狙ったことがある。
だからこそ、王太后は決断した。
腹心に政務を託し、自らは王太子と王女を連れてこの白亜の離宮へと退いた。
彼らを守るために。
盤石の治世を築くために。
やるべきことは山ほどある。
もはや老体、この身がどこまで持つか分からぬ。
だが――この手で未来を守り抜かねばならない。




