19 終幕と序章
緑の離宮
小さな机を挟み、第三王子エドワードは難しい本を広げ、アウレリウスに指を差して説明していた。
「ここはね……王国の古い法典なんだ。今の制度の基礎になってる」
「ふーん。でもさ、法律があっても守らない奴は守らないんだろ? だったら俺が叩き直してやる!」
覇気に満ちたアウレリウスの拳に、エドワードは小さく笑った。
窓辺ではセラフィーナが縫い物をしながら、そんな二人を肝っ玉母さんらしい眼差しで見守っている。
彼女の肩越しにオズワルドが視線を落とし、ほんの少しだけ柔らかく笑んだ。
「……やっぱり、あなたは無茶をする」
「うふふ、無茶がなきゃ子どもは守れませんわ」
離れた席では、書類をめくるウルバヌスがやれやれとため息をつく。
カールも壁に背を預けて立ち、片眉を上げて「まったく」と呟いた。
だがその口調には、確かな安堵と誇りが滲んでいた。
◇◇◇
王宮・正妃の私室
正妃の瞳には、以前にはなかった強い光が宿っていた。
その様子に、腹心の老女たちが思わず顔を見合わせ、喜びを隠せずに笑う。
「……やっと、我らが王妃様が戻られた」
正妃は微笑んだ――柔らかく、それでいて決して折れぬ意志を秘めて。
◇◇◇
王宮・側妃の居室
ルクレツィアは肘掛け椅子に座り込み、苛立ちを隠そうともせず爪を噛んでいた。
「どうしてなのよ……どうして邪魔ばかり入るの……!」
そんな彼女の背後から、愛人の商人が肩に手を置き、低く囁く。
「焦らないで……あなたは必ず勝つ。僕がついている」
妖艶な微笑みで彼女を宥める姿は、甘美でありながらどこか破滅の香りを孕んでいた。
◇◇◇
王宮・玉座の間の奥
国王は呑気に仲間たちとカード遊びに興じていた。
「ほら、また俺の勝ちだ! いやはや運も実力のうちってな!」
臣下たちが乾いた笑いを漏らす。
王の心に、暗殺未遂事件の影など微塵も残っていなかった。
◇◇◇
白亜の離宮
湖に釣り糸を垂れる先王の隣で、王太后は厳しい面差しを崩さずに報告を受けていた。
「……またもや王子が狙われたと」
「ええ。ですが乳母が守ったそうです」
その頃、室内では王太子と王女が顔を突き合わせていた。
「僕らも狙われるかもな」
「ふふ、洒落にならないわ」
子どもらしからぬ悪い笑みを浮かべる二人。
その双眸には、すでに「次代の覇者」の影が潜んでいた。
◇◇◇
こうして、血と策謀に彩られた王家の幼少期は幕を閉じる。
だが――これは、さらなる嵐の始まりにすぎなかった。




