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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
幼年期
18/65

18 眠れる獅子

王宮・側妃ルクレツィアの居室


「あの女!本当に邪魔ったらないわ!!」


 ルクレツィアは宝石箱をひっくり返し、ガラスの器を床に叩きつけた。割れた破片が散らばり、侍女たちが青ざめて震えている。


「小僧一人殺せないなんて! 無能ばかり!!」


 そのとき、重々しい扉が開き、王が姿を現した。


「……いい加減にしろ、ルクレツィア」


 王の低い声に、部屋は一瞬にして静まり返る。ルクレツィアは振り返り、涙目で王に縋りついた。


「陛下! わたくしは、陛下のために……!」

「口を慎め」


 鋭い叱責が飛ぶ。


「お前の愚かな癇癪が、どれだけ余計な目を引いているかわかっているのか。足を引っ張ることしかしないのなら、黙っていろ」


 ルクレツィアの顔が歪み、唇を噛む。あれほど溺愛していたはずの王の関心は今や「我が身と王権の安定」のみであり、彼女の激情も愛も受け取ろうとはしない。


「しばらく部屋から出ることを禁じる。……大人しくしていろ」


 冷たく言い残し、王は去っていった。

 扉が閉じると、ルクレツィアは膝をつき、怒りに震えながらもどうしようもなく笑みを浮かべた。


「……いいえ、私を閉じ込めても無駄よ。私は必ず、この宮廷の頂点に立つんだもの」 


 彼女の瞳には、狂気めいた執念が揺らめいていた。


◇◇◇


王宮・正妃の私室


 同じ頃、正妃の静かな居室では、ひとりの老女――正妃が実家から連れてきた数少ない腹心が、耳打ちしていた。


「……第三王子殿下を狙った側妃殿下の差し金にございます。しかし、セラフィーナ様が殿下方をお守りし、しかもご無事に……」


 正妃は長い睫毛を震わせ、目を見開いた。これまで心を閉ざし、飾り人形のように日々をやり過ごしてきた彼女の胸に、激しい痛みが走る。


――何をしていたのだろう、わたしは。

――愛する人を失い、子を守る力すらなく、ただ見て見ぬふりをして……。


 指が震え、膝の上でぎゅっと握られた。

 頬に涙が伝い、やがてその瞳には強い光が宿った。


「……これ以上、あの女の好きにさせてたまるものですか」


 正妃はゆっくりと立ち上がった。

 初めて、己の意思で。母として、王妃として。


 その姿は、まだ弱々しくはあったが――確かに、眠っていた獅子が目を覚ました瞬間だった。

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