18 眠れる獅子
王宮・側妃ルクレツィアの居室
「あの女!本当に邪魔ったらないわ!!」
ルクレツィアは宝石箱をひっくり返し、ガラスの器を床に叩きつけた。割れた破片が散らばり、侍女たちが青ざめて震えている。
「小僧一人殺せないなんて! 無能ばかり!!」
そのとき、重々しい扉が開き、王が姿を現した。
「……いい加減にしろ、ルクレツィア」
王の低い声に、部屋は一瞬にして静まり返る。ルクレツィアは振り返り、涙目で王に縋りついた。
「陛下! わたくしは、陛下のために……!」
「口を慎め」
鋭い叱責が飛ぶ。
「お前の愚かな癇癪が、どれだけ余計な目を引いているかわかっているのか。足を引っ張ることしかしないのなら、黙っていろ」
ルクレツィアの顔が歪み、唇を噛む。あれほど溺愛していたはずの王の関心は今や「我が身と王権の安定」のみであり、彼女の激情も愛も受け取ろうとはしない。
「しばらく部屋から出ることを禁じる。……大人しくしていろ」
冷たく言い残し、王は去っていった。
扉が閉じると、ルクレツィアは膝をつき、怒りに震えながらもどうしようもなく笑みを浮かべた。
「……いいえ、私を閉じ込めても無駄よ。私は必ず、この宮廷の頂点に立つんだもの」
彼女の瞳には、狂気めいた執念が揺らめいていた。
◇◇◇
王宮・正妃の私室
同じ頃、正妃の静かな居室では、ひとりの老女――正妃が実家から連れてきた数少ない腹心が、耳打ちしていた。
「……第三王子殿下を狙った側妃殿下の差し金にございます。しかし、セラフィーナ様が殿下方をお守りし、しかもご無事に……」
正妃は長い睫毛を震わせ、目を見開いた。これまで心を閉ざし、飾り人形のように日々をやり過ごしてきた彼女の胸に、激しい痛みが走る。
――何をしていたのだろう、わたしは。
――愛する人を失い、子を守る力すらなく、ただ見て見ぬふりをして……。
指が震え、膝の上でぎゅっと握られた。
頬に涙が伝い、やがてその瞳には強い光が宿った。
「……これ以上、あの女の好きにさせてたまるものですか」
正妃はゆっくりと立ち上がった。
初めて、己の意思で。母として、王妃として。
その姿は、まだ弱々しくはあったが――確かに、眠っていた獅子が目を覚ました瞬間だった。




