16 母の盾
白亜の離宮・行幸の襲撃
王都の大通りを進む行幸の列。
先頭には近衛隊、続いて王と正妃の馬車、その背後に側妃ルクレツィアと第二王子の馬車が並ぶ。
さらに近衛隊が護衛を固め、その後方に第三騎士団と、第三王子エドワードとアウレリウス、そしてセラフィーナを乗せた馬車。
その列を守るように再び第三騎士団――ただしその中に、ギルベルトが密かに率いる第三王子専用護衛部隊“補欠組”が紛れている。
最後尾にはオズワルドら文官たちの馬車。
遠方の屋敷からは、ウルバヌスとギルベルトが全体の動きを見渡し、ひそかに指示を飛ばしていた。
◇◇◇
「……この辺りだな」
軍人の勘が働いたギルベルトが、わずかに身を前に乗り出す。
彼の鋭い眼光が、大通りの建物の影に潜む違和感を捉えていた。
「カールに合図を送れ」
補欠組の副官がすぐさま合図旗を揚げる。
高台の屋敷から見ていたウルバヌスも低く唸る。
その頃、オズワルドは小声で伝令を走らせ、セラフィーナへ警告を送っていた。
◇◇◇
しかし、伝令が届く前に、セラフィーナの勘が働いていた。
彼女は馬車の窓から身を乗り出し、御者に向かって叫ぶ。
「止めて! 今すぐ!」
御者が驚き、馬車を急停止させる。
セラフィーナはすぐに二人の子どもを抱き寄せ、揺れる馬車の床に押し倒した。
「セフィ……?」
「母上……?」
エドワードもアウレリウスも混乱し、泣き出しそうになる。
「しっかりなさいませ!」
セラフィーナの一喝が響き、子どもたちは泣き声を飲み込んだ。
直後、群衆の一角から怒号が上がる。
「今だ!」「やれ!」
雇われた暴徒たちが石を投げ、松明を振りかざして大通りに雪崩れ込んだ。
「きゃあああ!」
民衆の悲鳴が響き、あたりは一気に大混乱となる。
露店の棚が蹴り倒され、火のついた松明が放り投げられる。人々は押し合いへし合い、逃げ惑った。
だが――奇妙なことに。
最も派手で目を引く王と正妃の馬車、そして側妃と第二王子の馬車には、暴徒の手がほとんど伸びていなかった。
怒号も石も、わざと避けるように通り過ぎ、標的はその後方――第三王子の馬車周辺に集中していた。
「……きたか」
ギルベルトが唸る。軍人の直感が、ただの暴動ではないことを告げていた。
◇◇◇
第三王子の馬車を取り囲むように、補欠組が素早く動いた。
「隊列を割るな! 盾を前に!」
カールの号令で、彼らは混乱する民衆を巧みに押し返し、暴徒を壁際へ追いやっていく。
寄せ集めに見せかけたはずの“補欠組”が、実は訓練された精鋭であることが、この場にいる誰の目にも明らかだった。
その奮戦の隙を突き、オズワルドは文官の衣を翻して人波を駆け抜けた。
補欠組が切り開いた道を走り抜け、ようやくセラフィーナたちの馬車へと辿り着く。
「セフィ! 子供たちは!」
「大丈夫、わたくしが――」
言いかけた瞬間、セラフィーナはふと違和感を覚えた。
彼女は反射的に二人を抱きしめ、身体を覆い被せるようにして守った。
その刹那、混乱の中で煙と砂塵が裂け、鋭い矢が飛ぶ。
ブスッ――。
矢がセラフィーナの背に深く突き刺さった。
「セフィーーーッ!!!」
オズワルドの悲痛な叫びが大通りに響き渡る。
行幸は即座に中止。
近衛隊は王と正妃、側妃と第二王子を守りながら王宮へ退避させる。
第三騎士団は逃げ惑う民衆を押さえに残り、補欠組は王子たちを囲んで離宮へ急ぎ戻った。
エドワードとアウレリウスは泣きながらも、セラフィーナにしがみつき離れない。
「セフィ、やだ……! 置いてかないで!」
「大丈夫よ……二人は、無事……」
セラフィーナの声はかすれていたが、目はしっかりと子どもたちを見ていた。
ルクレツィアは馬車の中で、演技じみた怯え顔を浮かべながらも、扇子の影で唇を歪ませる。
「……さて、どうなるかしら」




