15 行幸の朝
行幸の日、緑の離宮
朝の光が王都を柔らかく照らす頃、第三王子エドワードとアウレリウスは離宮の小さな庭で無邪気にはしゃいでいた。
「ねえ、アウル! 今日は行幸の日だよ!」
「エド! 馬車に乗るの、楽しみだね!」
二人の瞳は好奇心で輝き、言葉の端に小さな冒険心が滲む。
緑の離宮の奥、誰も邪魔をしない場所で、彼らは小さな旗を振り、庭の花の間を駆け回る。
アウレリウスは、まだ七歳ながらもエドを守ろうとする気持ちが強く、少しずつ逞しさを見せていた。
二人の後ろにはセラフィーナが静かに立ち、柔らかい微笑みを浮かべながらも、胸の奥にわずかな緊張を抱えていた。
「気をつけて、遠くに行きすぎないでね」
その声は優しいが、視線は離宮の門の先——王宮との境界、行幸のルートに向けられていた。
セラフィーナもまた、何かが起こる予感に胸をざわつかせていた。
◇◇◇
一方で、王宮の中では正妃が鏡の前に座らされ、絢爛な衣装を纏いながらも、目は虚ろだった。
ギルベルトも、セラフィーナも、そして子供たちも、すべて遠くに去ってしまった。
王に愛されることもなく、ただ着飾らされるだけの存在——まるで美しい人形のように。
その孤独は、緑の離宮の無邪気な笑いとは対照的に、宮殿の静寂に沈んでいた。
◇◇◇
その静かな宮廷の中、オズワルドとウルバヌスは密やかに作戦を確認し、ギルベルトと連絡を取り合う。
蝋燭の光の下、地図と書類に目を落としながら、彼らは第三王子の安全を最優先に、行幸の日に起こりうるすべての事態を想定していた。
「側妃の動きは、きっと今日あたり本腰を入れてくるはずだ」
オズワルドは低く呟き、ギルベルトはその言葉に頷く。
ウルバヌスは穏やかに、しかし厳しい眼差しで周囲を見渡した。
「無理はさせたくないが、事が起きる前に私たちが動く必要がある」
◇◇◇
離宮の小さな厩舎にて、エドワードは初めての行幸用の馬車を前に目を輝かせていた。
二人の背後でセラフィーナは、優しく笑みを浮かべながらも目を細め、離宮の外で待機する護衛たちと目を合わせた。
「落ち着いて、二人とも。目立たないように、でも楽しむのよ」
馬車が静かに動き出すと、子供たちは歓声をあげて手を振り、庭の花々もその喜びを映すかのように揺れた。
「やった、やったー!」
「風が気持ちいい!」
だが、庭の隅や離宮の門を越えた先では、大人たちの視線が鋭く光る。
オズワルドは馬車のルートを確認し、護衛たちに細かな指示を出す。
ギルベルトは自ら馬車に乗ることはできないため、ルート上の見晴らしの良い屋敷にて、指揮官を通して第三王子を守る。
ウルバヌスは穏やかに見守りつつも、心の中では今日起こりうるすべての事態を計算していた。
◇◇◇
一方、王宮ではルクレツィアが黒絹の衣装を纏い、彼女も馬車に乗り込むところだった。
その眼差しは、単なる嫉妬ではなく、権力への渇望と執念で光っていた。




