14 愛という名の毒
夜の帳が王都を包む中、黒髪のルクレツィアは静かに書斎に座っていた。
窓の外に見えるのは、王宮の灯りと行幸に備えて馬の蹄音が響く街路。
香水の甘い匂いが部屋に漂い、ほの暗い灯の下、ルクレツィアの鋭い瞳は書類の山に落ちる火のように光っていた。
「……ようやく、行幸ね」
その声は低く、微かに震えながらも、どこか艶めかしい。
手元の紙には、王宮の警護の配置や第三王子の動線、影に潜むオズワルドやギルベルトの存在についての推測がびっしりと書かれている。
ルクレツィアは、手近な商人を傍に呼び寄せた。
色白で優男、細身の体つきが夜の闇に溶ける。
ルクレツィアはその手を取り、指先に触れさせるようにして、低く囁く。
「ティベリウス、あなたにお願いしたいの。たった一度で、全てを変えるの」
ティベリウスは軽く頷き、ルクレツィアの熱を帯びた視線に応える。
「もちろん、ルクレツィア。全力を尽くすよ」
ルクレツィアの唇がわずかに曲がり、微笑む。
その微笑みは甘く、そして危険な香りを孕んでいた。
「行幸の日、私の愛する王を、少しだけ驚かせてみせるわ。私に逆らう者たちには、思い知らせなくちゃ」
彼女の指先が紙の地図に沿って動く。
第三王子の館、警備の少ない隅、遠くに控える王の目、誰も知らない裏路地——全てが彼女の頭の中で絡まり合う。
「王も、第一王子も、第三王子も……すべて私の手のひらの上で踊らせてあげる」
ティベリウスは微かに息を飲む。
「恐ろしいほど、美しい計画だ……」
「恐ろしいのは、愛よ」
ルクレツィアは囁き、薄暗い部屋で二人の影が絡み合う。
その夜、王宮の隅では何も知らぬ第三王子とアウレリウスが無邪気に笑い合い、馬の蹄音や準備の喧騒に胸を躍らせていた。




