12 春風に潜む刃
宮廷の書斎で、王は悠然と地図を眺めながら口を開いた。
「そうだ、近々行幸を行うことにしよう。王都の外れにある諸侯の領地へな。春の陽気もいいし、民の様子も視察できる」
ルクレツィアの目が、ふっと輝いた。
「行幸……ですって? それは素晴らしいわ」
声には、まるで宝物を見つけた少女のような艶が含まれていた。
胸の奥で何かが弾けるような気配。彼女はもう、暗殺の思惑を一気に膨らませずにはいられなかった。
◇◇◇
「……え、え……いいの?」
緑の離宮の一室、第三王子エドワードは目を丸くし、そっと隣のアウレリウスを見る。
「行幸……だって? 僕たちも外に出られるの?」
アウレリウスは瞳を輝かせ、唇を小さく引き結んでからにんまり笑う。
「ふふ……エド、これは……楽しみだね」
二人にとっては、ずっと閉じ込められていた館の中での単調な日々を抜け出す、初めての冒険の予感だった。
長い引きこもりの時間が、ふっと消え去るような喜びが胸を満たす。
しかし窓辺に立つセラフィーナは、複雑な心境だった。
「……嬉しいだろうけど、何かが起こりそうな匂いがする……」
乳母の目は子どもたちを守ろうとする思いでぎゅっと固まり、背後で控えるオズワルドの肩越しに老師祭やカールも険しい視線を投げていた。
◇◇◇
ルクレツィアは目の奥でほくそ笑み、暗い企みを胸に抱きしめる。
「さて、これでようやく……」
小さく呟く声には、行幸を舞台にした計画の全貌がひそんでいた。
◇◇◇
カールは唇を引き結び、手綱を握るように指先に力を込める。
「……奴ら、動き始めましたね。副団長に早急に知らせます」
オズワルドは静かに頷き、深く息を吸った。
「そうしてくれ。警戒しよう。すべての目を、第三王子たちとルクレツィアに向けて」
館の奥、まだ知らぬ子どもたちの歓声が、春の風に混じって淡く漂う。
その裏で、大人たちの戦いの歯車は、確実に動き始めたのだった。




