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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
幼年期
12/65

12 春風に潜む刃

 宮廷の書斎で、王は悠然と地図を眺めながら口を開いた。

「そうだ、近々行幸を行うことにしよう。王都の外れにある諸侯の領地へな。春の陽気もいいし、民の様子も視察できる」


 ルクレツィアの目が、ふっと輝いた。

「行幸……ですって? それは素晴らしいわ」

 声には、まるで宝物を見つけた少女のような艶が含まれていた。

 胸の奥で何かが弾けるような気配。彼女はもう、暗殺の思惑を一気に膨らませずにはいられなかった。


◇◇◇


「……え、え……いいの?」

 緑の離宮の一室、第三王子エドワードは目を丸くし、そっと隣のアウレリウスを見る。

「行幸……だって? 僕たちも外に出られるの?」

 アウレリウスは瞳を輝かせ、唇を小さく引き結んでからにんまり笑う。

「ふふ……エド、これは……楽しみだね」


 二人にとっては、ずっと閉じ込められていた館の中での単調な日々を抜け出す、初めての冒険の予感だった。

 長い引きこもりの時間が、ふっと消え去るような喜びが胸を満たす。


 しかし窓辺に立つセラフィーナは、複雑な心境だった。

「……嬉しいだろうけど、何かが起こりそうな匂いがする……」

 乳母の目は子どもたちを守ろうとする思いでぎゅっと固まり、背後で控えるオズワルドの肩越しに老師祭やカールも険しい視線を投げていた。


◇◇◇


 ルクレツィアは目の奥でほくそ笑み、暗い企みを胸に抱きしめる。

「さて、これでようやく……」

小さく呟く声には、行幸を舞台にした計画の全貌がひそんでいた。


◇◇◇


 カールは唇を引き結び、手綱を握るように指先に力を込める。

「……奴ら、動き始めましたね。副団長に早急に知らせます」

 オズワルドは静かに頷き、深く息を吸った。

「そうしてくれ。警戒しよう。すべての目を、第三王子たちとルクレツィアに向けて」


 館の奥、まだ知らぬ子どもたちの歓声が、春の風に混じって淡く漂う。

 その裏で、大人たちの戦いの歯車は、確実に動き始めたのだった。


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