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乳母は見届ける  作者: かも ねぎ
幼年期
10/65

10 黒薔薇の野望

本殿・側妃ルクレツィアの私室


 昼間から香が焚かれた部屋の中、側妃ルクレツィアは長い黒髪を弄びながら、侍女たちを鋭く睨めつけていた。

 妖艶な顔立ちに似合わぬ、焦りと苛立ちの色。


「……どういうことなの?」

 声は甘く艶やかだが、冷たい毒が混じっていた。

「何人も家庭教師を追い出したのに、あの穢らわしい子どもはいまだに笑っている。取り巻きに嫌味を言わせても、言い返してくる。

 訓練所では第二王子の従者に痛めつけさせても、泣きもせずに立ち上がる……。

 七つの子が、どうしてそんなことができるの?」


 侍女たちは顔を見合わせ、恐る恐る口を開く。

「第三王子殿下も……アウレリウス様も、なにをされても……あまり気にされないようでして……」

「かえって、周囲から妙に一目置かれているようにも……」


「黙れ!」


 ルクレツィアは杯を叩き割り、赤い葡萄酒が絨毯を染めた。

「目障りな……!」


 彼女にとって――第三王子エドワードは許し難い存在だった。

 自分が王の寵愛を受けてこの宮殿に迎え入れられた「後に」、正妃が産んだ子。

 それは王が自分を裏切った証であり、穢らわしい証拠でもある。


「……あの子さえいなければ。

 第二王子こそが玉座に座るべきなのに。

第一王子? あれは正妃の守り駒にすぎない。王位を継がせるわけにはいかないわ」


 ルクレツィアは唇を吊り上げ、毒を吐くように続けた。

「あの“真珠姫”も、熱苦しい乳母も、みんな邪魔をする。

 だったら、いっそ……消しちゃえばいいのよ」


 その時、背後から低い声がした。


「ルクレツィア」


 国王が入ってきた。

金の髪を整え、かつて美丈夫と称された男。その姿にはまだ華があったが、表情は苦い。


「……何を考えている」

「陛下!」

 ルクレツィアは身を乗り出した。

「なぜ、あの子をまだ生かしておくのです! 第二王子を後継とするなら、第一王子も第三王子も要らないはずではありませんか!」


 国王は額を押さえ、低く息を吐く。

「第一王子は正妃の子だ。正統な後継者であることに変わりはない。残さねばならん。

 ……だが、第三王子は……確かに私にとっても“望まぬ証”だ。

 消してしまいたいと思わぬわけではない」


ルクレツィアの目が燃える。

「ならば!」

「だが」国王はきっぱりと言った。

「それを軽々しく実行すれば、王家そのものが揺らぐ。王子を暗殺したと知れれば、貴族も民も黙ってはおらん。……お前にも私にも火の粉が降りかかる」

「……っ!」

ルクレツィアは唇を噛み、爪を食い込ませた。

「だから――お前は余計なことをするな」

 国王は声を抑えながらも、強く言い放った。

「私はお前を愛している。だからこそ、これ以上“暴れるな”。わかるな?」

 ルクレツィアは、にたりと笑った。

「……もちろん、陛下。私はいつでも、陛下のために」

 しかしその黒い瞳には、決して抑えきれない欲望が揺らめいていた。

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