10 黒薔薇の野望
本殿・側妃ルクレツィアの私室
昼間から香が焚かれた部屋の中、側妃ルクレツィアは長い黒髪を弄びながら、侍女たちを鋭く睨めつけていた。
妖艶な顔立ちに似合わぬ、焦りと苛立ちの色。
「……どういうことなの?」
声は甘く艶やかだが、冷たい毒が混じっていた。
「何人も家庭教師を追い出したのに、あの穢らわしい子どもはいまだに笑っている。取り巻きに嫌味を言わせても、言い返してくる。
訓練所では第二王子の従者に痛めつけさせても、泣きもせずに立ち上がる……。
七つの子が、どうしてそんなことができるの?」
侍女たちは顔を見合わせ、恐る恐る口を開く。
「第三王子殿下も……アウレリウス様も、なにをされても……あまり気にされないようでして……」
「かえって、周囲から妙に一目置かれているようにも……」
「黙れ!」
ルクレツィアは杯を叩き割り、赤い葡萄酒が絨毯を染めた。
「目障りな……!」
彼女にとって――第三王子エドワードは許し難い存在だった。
自分が王の寵愛を受けてこの宮殿に迎え入れられた「後に」、正妃が産んだ子。
それは王が自分を裏切った証であり、穢らわしい証拠でもある。
「……あの子さえいなければ。
第二王子こそが玉座に座るべきなのに。
第一王子? あれは正妃の守り駒にすぎない。王位を継がせるわけにはいかないわ」
ルクレツィアは唇を吊り上げ、毒を吐くように続けた。
「あの“真珠姫”も、熱苦しい乳母も、みんな邪魔をする。
だったら、いっそ……消しちゃえばいいのよ」
その時、背後から低い声がした。
「ルクレツィア」
国王が入ってきた。
金の髪を整え、かつて美丈夫と称された男。その姿にはまだ華があったが、表情は苦い。
「……何を考えている」
「陛下!」
ルクレツィアは身を乗り出した。
「なぜ、あの子をまだ生かしておくのです! 第二王子を後継とするなら、第一王子も第三王子も要らないはずではありませんか!」
国王は額を押さえ、低く息を吐く。
「第一王子は正妃の子だ。正統な後継者であることに変わりはない。残さねばならん。
……だが、第三王子は……確かに私にとっても“望まぬ証”だ。
消してしまいたいと思わぬわけではない」
ルクレツィアの目が燃える。
「ならば!」
「だが」国王はきっぱりと言った。
「それを軽々しく実行すれば、王家そのものが揺らぐ。王子を暗殺したと知れれば、貴族も民も黙ってはおらん。……お前にも私にも火の粉が降りかかる」
「……っ!」
ルクレツィアは唇を噛み、爪を食い込ませた。
「だから――お前は余計なことをするな」
国王は声を抑えながらも、強く言い放った。
「私はお前を愛している。だからこそ、これ以上“暴れるな”。わかるな?」
ルクレツィアは、にたりと笑った。
「……もちろん、陛下。私はいつでも、陛下のために」
しかしその黒い瞳には、決して抑えきれない欲望が揺らめいていた。




