第86話 疑心と信頼
風船を背に、三人が構えた。
開始の声と同時に向かってくる、初級魔法。
いろんな属性があるが、自分の得意な属性で相殺する。
風属性だから、火属性だけは注意をしないといけない。
ロアさんが水属性を使うから、できれば対応してほしいとは思うのだけど……。
「自分の範囲ぐらい自分で対応するんだ! お前に頼られる筋合いはない!」
ときたものだから、頼むわけにもいかない。
いっそのこと闇属性で対応するのもありか。
と思っていたけど、さっきのことを見ていたせいか、火属性を使う子は思いの外少ないようだ。
風属性でも問題なさそう。
思ったより数が多く感じ、見えてるものや自分の方に向かってくるものはもちろんだが、ギリギリ視界に入っていたり、たまたま自分の範囲『外』の者にも対応してしまって。
私よりも対応に追われているロアさんからの視線が痛い。
「僕の! 邪魔を! するな!」
そんなつもりはないんだけどなあ……。
汗をにじませながら睨まれた。
言い返すとめんどくさそうなので何も言わないでいると、
「無視とはいい度胸だ……!」
えー……。
そんなつもりはなかったのに。
というか、魔法を弾くのに必死なんだから、そっちに集中すればいいのに。
「すみません」
「っ!」
一応謝ったけど、また皺を深くしていた。
謝るのもよくなかったのかな。
割ったし、コミュニケーション下手くそ……?
「ふふふ」
反対の隣側からは含み笑いが聞こえ、一人楽しんでいるようだ。
土属性魔法で、床の土を利用して下から打ち落としているようだ。
風属性も容易く打ち消していて、それなりに力の差があるか、魔力を込めているのだろうと思う。
本人は笑って、こちらの様子を窺えるほどには余裕があるのだろう。
盗み見た表情はとても涼しげだ。
「……はい、すとーっぷ」
先生の声で、魔法の一斉射撃もやんだ。
結果は、二アウト、五セーフ。普通よりはいい成績だ。
ただ、ロアさんの両サイドが割られているというのが……なんとも言えない。
私の横と、マリーさんの横でもあるにはあるのだが……。
こっそりロアさんの様子を見ると、私の方を見て肩を震わせていた。
顔の色はいつもより血色がよろしいようで。
「お前っ!」
「は、はい」
「調子に乗るなよ! お前が邪魔したから僕のリズムが崩れたんだ!」
「うわ、ちょ、っ」
掴みかかろうとする勢いの大股で歩み寄ってきて、反射的に体がのけぞる。
倒れるっ。
と思ったのもつかの間、誰かに支えられた。
「あら、まあ」
「マリーさん……」
にこやかに。
その表情の裏に何かある、と思ってしまうのは、私の先入観から来る勘違いか、もしくは。
支えられていた腕が離れ、マリーさんが一歩前へ出る。
同格と向き合うことで、ロアさんも少し落ち着いたのか、喋り口調の棘が削れている。
「ウ・リーダー殿。なにか」
「いいえ。ただ少しばかり、賞賛を送りたいと思いまして」
賞賛、という言葉を聞いて、きょとんとしたのは私だけではない。
明らかに驚いているロアさんの両手を、マリーさんが自身の手で覆い、胸元へ寄せている。
……ちょっとあたってるな。
「とても威力が高く、また的確で、繊細な魔法でした。ぜひ正面から見せていただきたかったですわ」
「そ、そうか……? それほどでも」
「そんなご謙遜なさらないでくださいまし。ぜひ今度、私に魔法を教えてくださいませんか? 手取り、足取り……」
相手を褒めつつ、妖艶に微笑むマリーさんからは、年齢に似合わず大人な色香を感じる。
女の私でそうなのだから、正面の至近距離、手を握られ胸の感触もあり、十代の男の子ならば、それはもう。
「い、いいだろう! 俺が教えてやる」
「ありがとうございます! 楽しみにしていますわ」
顔を赤くし、まんざらでもない表情で承諾したロアさんは、やはり年相応に男の子だった。
惚れたな。
振り返って私に向き直るマリーさんにウインクされ、確信犯だと確信した。
乾いた笑いしか出ないが、ひとまず火の粉が収まったようで私としては助かった。
確信犯さんに促され、壁の方に戻る。
何もしなかった先生だが、ロアさんの所に行ってなにやら話をしている。
対角に位置しているため、何を話しているかはわからない。
とりあえずロアさんの表情は急転直下したように見える。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。それと、ありがとうございます」
「あら。何のことでしょう」
うふふ、と。
笠に着ず、穏やかな雰囲気で話せる。
いい人だな、と素直に思った。疑心が薄れていくのを自覚する。
「マリーさん、魔法お上手ですね」
「ありがとうございます。両親が丁寧に教えてくれたんです」
「そうなんですね。マリーさんはどういった経緯で編入されたんですか?」
「私は引っ越してきたんです」
宗教の国、レルギオから来た、と。