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第85話 顔

 水蒸気のようなものが薄っすら立ち込める。

 微かに見える中央の三人は、へたり込んではいるが無事に見える。

 隣のライラさんも無事。目をまん丸にして、火の球を投げた体勢で固まってるけど。

 火の玉の大きさに対し、半分程度の大きさの水の玉が、まず初めに一発当たった。

 その後続けて三発。

 後半の三発は粘度が高く、火の玉を包み込むようにして、火の玉とともに蒸発して消えた。

 火の玉に飛んできた水の魔法は……。



 ―― 真横からだな。



 真横……。

 白く霞んでいてよく見えないから左右を繰り返し見る。

 段々人影がはっきりしてきて、ああ、あの人だ、となんとなく察した。

 スグサさんも「いい腕だったな」って褒めてるし。

 周りの人もその人に視線が向いている。

 その人は結構な魔力を込めたのか、大分疲労困憊。

 隣にいる友人に支えられ、それでも口元は安心したように笑っている。

 あの人が笑ってるの、初めて見たな。

 先生がその人に近寄って、肩を貸す。

 先生の口元は「よくやった」と言っているように動く。

 続いて中央の生徒たちの安否を確認。

 そして、その視線は優しいものから厳しいものになり、私がいる方へ向けられる。



「ライラ!」

「っ!」



 訓練場内に響き渡る声量が、隣の人の名前を呼ぶ。

 明らかに怯え、肩を震わせて、目を強く閉じる。



「……お前も怪我は」

「……ない……です」

「よし、ちょっとこっち来い」



 俯きながら、いつもの元気の欠片もなく向かっていく。

 かける言葉が見つからず、見送るしかできない。

 だからか、周囲の声がよく聞こえる。



「まただよ」

「これで何度目?」



 クラスメイトから聞こえる、ライラさんの評価は決して良いものではない。

 決して大きい声ではないのに、耳を塞ぐことができない。

 聞きたくはないのに、頭の中で聞こえてくる言葉が反芻してしまう。

 目線はライラさんの背中を追っている中。隣に人の気配。



「大丈夫でしょうか……」



 マリーさんも心配しているようで、眉を下げながらライラさんを視界に入れている。

 何と答えることもできず、押し黙る。



「……水の魔法、すごかったですね」

「あ……そうですね。的確でした」



 答えられないことを悟ったのか、話題を変えてくれたようだ。

 微妙に視線を変えれば、視点を上げるシオン殿下と、水の魔法を放った張本人であるナオさんが、先生に背負われてぐったりしている。

 辿り着いたライラさんと先生が一言二言交わし、ナオさんがライラさんに引き渡され、訓練室を出た。

 ナオさん、軽々と担がれてた……。

 周囲の白い靄はすっかり晴れ、生徒は倒れつつも怪我をしたと訴える人はいない。

 先生が中央に行って、安否を再度確認した後、手を上げる。



「怪我した奴はいないかー?」



 無言は肯定としてとられ、「よし」と頷く。



「授業は継続する。二人ほど退室したから、その時は俺が入るからな」



 ここで否定する生徒はさすがにおらず、淡々と授業が進められる。

 ライラさんの魔法が衝撃的だったようで、みんなの魔法は少し控えめになったようだ。

 マリーさんはずっと隣にいる。

 時折気遣うような言葉をかけられ、探りを入れられているように思ってしまう。

 先入観が疑心を抱かせる。



「打ち方やめー」



 もう何組目かの組み合わせが終わった。

 今のところ、全て守り切った組も、全て割れてしまった組もいない。

 最初以外、ただただ、淡々と進んでいた時。



「次。十組目」



 あ、私だ。

 と動き出す前に、近くで影が動く。



「私、行ってきますね」



 ……マリーさんと、一緒。

 今も隣で魔法を使っていたけれど、こう、くじ引きっていう偶然を引き当ててしまうと、やっぱり疑心につながってしまう。



「ヒスイさん?」

「……私もです」

「まあ、奇遇ですね」

「そうですね……」



 奇遇ですね。そうですね。

 ……私、こんなに疑り深かったのか。

 自然と二人並んで中央に移動する流れになり、先に到着していた三人目と合流する。



「遅いぞ。ちんたらして俺を待たせるんじゃない、っ」



 仁王立ちで、親の仇でも見るような目つきの、青い髪のロアさん。

 さすがにこの場では『寄生虫』とは呼んでこないか。



「お待たせして申し訳ありません。マリー・ウ・リーダーと申します」

「ほう、そちらも『ウ』の者か。ロア・ウ・ドローだ。よろしく」



 この人が笑った顔も初めて見たな。

 同格の人と話すときでもやや上から気味に聞こえるが、表情はいたくご機嫌に見える。

 貴族だったマリーさんと挨拶を交わし、私のことは無視と。

 まあいいけど。



「お前のような奴と同じ組とはな。精々足を引っ張てくれるなよ」



 虫ではなかった。

 見るほどでもなかったのか、その男の子は小さい背中で語りかけてきた。

 足を引っ張らないように頑張りますよと心の中で返事しておいた。

 相談もなしに適当に三角形に位置取りし、先生が手を上げる。



「じゃ、十組目、はじめー」



 「もう飽きてきた」という気持ちを隠す気もない声が、訓練場に木霊した。


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