第84話 対するは
「遠足のことはまた教室に戻ったら話す。今からはコントロールを重視した初級魔法を行う」
えーっ。と。
不満の声の大合唱。素直な子が多いようだ。
それとも余裕の表れか。
例に漏れず、シオン殿下やライラさんも素直な子に分類されている。
ナオさんは……控え目なのはいつも一緒か。
「これで俺が不十分と判断した奴は、遠足連れていかねーからな」
さらに大きい、不満の大・大合唱が起こった。
耳を塞ぎたくなった。
先生は両手で遠慮なく堂々と塞いだようだ。
半開きの目は抗議の声による変化は一切見られず、淡々と話す。
「自然と学年は上がったが、実力と気持ちは自分で上げなきゃそのままだ。どっかのタイミングで基礎を卒業した基本学級生だと自覚しろ」
言い換えれば、少しは大人になれる、と。
いつまでも子どものままでいるなよ、と。
十五歳前後にいう言葉にしては少々厳しすぎるかとも思う。
けれど、戦いの場が近いところにあるのなら、自立心は早いほうが良いのかもと考え直した。
その点では、私は確実に十代ではなさそうな心持ちだと思う。
言いくるめられたと言うべきか、不満の声は三度目は上がらなかった。
一番の大人が「よし」と頷いて、背後に置いていた籠を目の前に出した。
その中から一つの帽子を取り出し、帽子にくっついている風船を膨らました。
「じゃあ今日は、これだ」
取り出されたのは、ふくらます前の風船。
三人一組のチームを作り、全七つの風船を囲って周囲の攻撃から守るゲーム。
三人チームはランダム、それをAとし、攻撃するのは三人チーム以外の全員、それをBとする。
Aチームは初級魔法を使って、Bチームの初級魔法を打ち落としながら風船を守る。
Aチームは風船が全部割られたら、BチームはAチームに攻撃が当たったら課題追加。
課題のことを言われた瞬間、三度目の大合唱が起こったが予想は出来た。
「そんじゃーチーム分けから。はい、クジ引いて」
どこからか箱を取り出し、皆が順番に古典的に引いていく。
中身は見ても、言ってはいけないらしい。
一組目、二組目と呼ばれたら初めて顔合わせというサプライズ。
私の前にクジを引いたライラさんが「私はねー」と言ったところで、先生の拳がとんできた。
……優しい人と一緒がいいなあ。
「全員引いたな。中身を確認したら一組目は中央に。それ以外の奴は壁沿いに均等に広がるように」
私ではない。
だから壁沿いに行く。
知らない人たち三人が中央に集まって行って、最初のグループはあの人たちなのだと判明。
開始の合図を待っていると、横から声をかけられる。
「こんにちは」
「あ、こんにちは……」
にこやかな人当たりのいい笑顔を向ける、マリーさん。
ジャージ姿が恐ろしく似合わないな。
「ご一緒してもよろしいですか?」
「あ、はい」
「あ! こんにちはー!」
「こんにちは。初めまして」
ライラさんが隣にいてくれるから、変なことはしてこない。
と思いたい。初対面同士が自己紹介している間で、こんなことを考えているとは予想がつくのだろうか。
マリーさんは表面上はすごく普通。
ただ顔立ちが綺麗でお上品で、所作も美しいとさえ思わせるほどの、ただそれだけの人。
アオイさんは、なぜそんな人を怪しいと思ったんだろう。
今度聞いてみよう。
「一組目始めるぞー」
その声に意識を中央に向け、三人の奥の風船を見据える。
距離としては……バレーボールのエンドライン間ぐらいかな。
ここからの攻撃を三人で守るって、結構大変そうだな。
「制限時間は三分間。よーい」
初め。と言われて一斉に放たれる多属性の初級魔法。
「土・初級魔法!」
Aチームの生徒の一人が、膝上程度の障壁を作り出す。
床が土だから生成までの時間は早く、大半の魔法は弾かれてしまった。
力加減がよくわからなかった私。
とりあえず届くぐらいにと思ったら思ったより弱かったため、あえなく撃沈。
「火・初級魔法ー!!」
やる気に満ち溢れた声が鼓膜を突き破りかける。
いつも元気なライラさんは、魔法を使う時も元気元気。
初級魔法か疑うほどの、でっかい火の玉が出来上がっていて……息を飲んだ。
「ら、らいらさん……」
「あら、まあ……」
「どおりゃああああああああ!!」
「ばっかライラ!」
掛け声とともに投げ飛ばされた火の玉に、周囲にもどよめきが起きる。
先生の先生らしからぬ声が聞こえたが、何かする前にライラさんの手から火の玉が離れてしまった。
「きゃあああああ!」
「っ!」
「うわああああ!」
中央の人たちが逃げるよりも火の玉の方がが早い。
水属性は申請で出していないけど、仕方ない……。
「イ」
ぱしゅん。ぱしゅ。ぱしゅ。ぱしゅ。
手を伸ばして、呪文を唱えようとした瞬間。
火の玉が、水の玉にかき消された。