第6話 外の人と中の人
ということで、まとめると私は『どこかわからない、ここではない異世界から魂だけを召喚され、死んだ人の体に憑依させられた元人形』ということだ。
白髭を蓄えた王様への謁見の時も殿下からそう告げたが、案の定「あっそう」と片付けられてしまった。
私の斜め前に立っていた殿下の真剣な顔が、その時ばかりは眉根を寄せて青筋が浮いて見えた。一瞬だったけど。
研究所が用意した書類と、アオイさんと殿下がまとめた書類をまとめて提出して、あっけなく謁見は終わり。
私の管理、もとい世話は殿下に一任されることとなった。
それは置いといて。
初めてそれらの話をされてからしばらく経つが、生きているという実感は今のところ、微妙。
食欲や睡眠といった欲求は普通にあるし、生理現象もある。
心臓の鼓動も感じる。
それだけ言えば生きてはいるんだろうが、一度死んだ体であり、生き返ったとはまた違うものだろうから、なんとも不思議なことだ。
この数日で体も自分で何とか動かせるようになり、一日の過ごし方も決まってきた。
城の客室を借りて、部屋で過ごしていることが多い。
食事はいつも部屋まで持ってきてくれて、たまにアオイさんやロタエさんが来て一緒に食べる。
空いた時間は自由にしてていいと言われている。
もちろん、魔法や精神状況を確認したうえで、私が自由にしててもいいと判断したのだと聞いた。
字が読めることが分かってからは、図書室で本を借りて調べものをしている。
だがそれらの詳細を知ってか知らずか、見知った人以外の視線は痛い。
警戒、畏怖、疑心、興味などだと思う。
なので、基本は部屋と図書室の往復だ。
図書館でも視線を感じるので、読むのは専ら部屋か人気のない庭の片隅、といっても隅まで行くと時間がかかるのである程度の所でだ。
この世界のこと。
召喚魔法のこと。
この体の持ち主、『スグサさん』という、歴代最高の魔術師のこと。
今日は天気が良かったので庭に出てきた。
昼を過ぎてほのかに暖かい気候を感じ、心地のいい風を感じ、草原のにおいを感じ、さらにお腹の上に置いた本を目線の顔の上に持ってくる。
『スグサ・ロッドを語る』
いかにスグサさんがすごいかをひたすらに書き留めた本だ。
親か恋人かストーカーかと疑ったぐらいには熱心さが伝わってくる。
曰く、全七つの属性を扱った。
曰く、魔力量は過去の記録を塗り替えかつなおも上昇し続けた。
曰く、何種類もの魔法を新たに生み出した。
曰く、其の人の初級魔法は一般の最上級魔法と同等。
などなど、なかなかになかなかな才能を持った人のようだった。
ご丁寧に注釈があったが、人が使える属性は火・水・風・土・光・闇のうち一つか二つ。
そして全員使えるのが無属性。
魔法を生み出すなんて、それこそ研究者や実力者が一生に一つでも完成できればいいものらしい。
さらに注釈があり、この人の作った魔法は規模と消費する魔力が大きすぎて、使える人間はこの人ぐらいだったようだ。
それだけ常人とはかけ離れた魔力を持っていたということだと語られている。
なので、スグサさんによって生み出された『オリジナル魔法』のほとんどは、特級とされている。
そんな私はというと。
「風・初級魔法」
本を持つ手と反対の手を空に向けて、呪文を言えば私の周りのみ風が強くなる。
私にも魔法は使える。
つまり魔力を有している。
さらには全部の属性を使うことができる。
瓶から出てすぐにつけられた手錠は、間の鎖を外したままついたままだけど。
そのせいかそのおかげか、使える魔法は初級に限られる。
これは殿下やアオイさんたちがいる場で実験した結果だ。
教わった言葉を紡げば、ちゃんと魔法が発動する。
ただし魔力は制限されていたようで、限りなく弱い、発動したかしていないかがわかる程度のものだった。
というのも、アオイさんが最初に貸してくれたローブを着ながら行っていたのだが、そのローブに仕組みがあったようだ。
使用された魔法を吸収し、属性を持たない魔力として空気中に霧散してしまう物だとのこと。
初めにアオイさんが部屋に連れて行ったときに言っていた『保険』とはこれのことかと、一人納得した。
まあともあれ、魔法が使えるというのは当然と言えば当然である。
魔法を使うために生み出されたようなものだし。
知識をつけたらもっといろいろな魔法が使えるのかな。
と考えているとき。
身体を起こすと見知った人が近づいてくるのが見える。
「ヒスイ」
カミルさんだ。
「こんにちは。こんな所までどうしたんですか?」
「午後の訓練が終わった。お前の姿が見えたから様子を見に来た」
ヒスイ、とは私の呼び名だ。
名前と言われるような物がなく、研究者たちと同じように『五番』と呼ばれるのは味気ない。
かといってスグサさんの名前を使うことは憚られたため、とりあえずの思いついた名前だった。
よっこらせ、とおじさんくさいことを言いながら騎士のおじさんは隣に座る。
最初ほどの警戒心はなく、会えば少し雑談をして行く程度には気兼ねなく接することができる仲になった。
私の外見が十代後半で、カミルさんのお子さんがおおよそそれぐらいの歳らしい。
「なんか読んでたのか」
起き上がるときに足の上に置いた本は背表紙を上にしていた。
「『スグサ・ロッドを語る』という本です」
「ああ、それか。読んだことはないが見覚えはあるな」
「熱烈に語っている本でした」
「そうか」
興味はなさそう。
「アオイとロタエが、夕飯時に部屋に行くと言っていた」
「はい。わかりました。伝言ありがとうございます」
「じゃあ、先に戻る。ちゃんと被って来いよ」
その伝言のために来てくれたのかな。
ぞんざいな台詞が多いが、最近は少しばかり、カミルさんならではの優しさを感じる。
よっこらせと立ち上がり、背中を向けて颯爽と立ち去っていく姿が、傾いてオレンジがかった日に照らされる。
もう日も傾いてきたな。
私も戻ろう。
立ち上がって、言われた通りにローブを着て、フードを被る。
私の外見はスグサ・ロッドその人である。
本に記載されていたその人は、爽やかな青い髪と、薄い神秘的な金色の目をしていたそう。
対して私は、青みがかった緑色の髪と赤い目。
色は違うから大丈夫な気もするが、偉大なその人の顔写真はこの国では流通しているため、混乱を招かないよう念のためということらしい。
ローブにフードではそもそも怪しまれると思ったが、そこは殿下が周知していてくれたらしく、視線を向けられるだけで声をかけられたことはなかった。
外見の人のことについて問われても何も答えられないし、隠せるのはとてもありがたい。
中の人、つまり私についても、名前を呼んで『私』を認識してくれることが、実は少し嬉しいと感じている。