第64話 鬼に金棒、死神に鎌
隣に座るロタエさんは至って冷静に、誕生日席の殿下に向かって進言する。
「ヒスイさんは魔法に関しても秘密が多いので、魔法を使わずともある程度の戦闘力は必要だと思います」
「そうだな。俺も同意見だ」
「なので、カミル団長にもご協力いただきたいと考えています」
「えっ」
思わず声を上げてしまった。悪気はありません。
ただ、騎士として現役のカミルさんはガタイがとてもよく、男というより漢と言った方があっているような、見るからに筋肉隆々なのだ。
訓練とはいえ、私のこの細腕でどうしろと。
殿下もやや目を見開いて、豆鉄砲を食らったような顔だ。
なのだけど、カミルさんに至ってはずっと微動だにしていない。
先に知っていたのかもしれない。
「どんなことをやるつもりだ?」
「変わったことは考えておりません。組手です」
「組手ならロタエでもできるだろう」
「相手は私に似た人物だけとは限りませんよ。それこそその密偵は子どもの可能性もありますし」
「子どもとカミルの体格を一緒にするな」
部長と主任が新入社員のために話をしているの図。
と言う感じだろうか。大事に育てられている。
正面に座る団長同士も口を出さず、静かに座っている。
かくいう私も意見を言ったりはしていないのだが。
驚きはしたが、カミルさんがお相手してくれることについての不安は多くはない。
だってカミルさんだし。
突然聞いたし、体格差が大きいというのが驚いた理由であって、決していやではない。むしろありがたい。
「カミルはいいのか?」
「はい。喜んでお相手する所存です」
「じゃあまあ。よろしく頼んだ」
「よろしくお願いします」
「そうだ。それで思い出した」
双方の了承が得られ、挨拶の一例で話が終わると思いきや。
殿下は言った言葉の通りの表情で、胸元の内ポケットから……石のようなものを取り出した。
拳大程の石は、深みのある、黒寄りの灰色をしている。
ゴツゴツとしているが尖ってはいない。
重そうに見えるが、片手で持てると言うことはそこまででもないのか。
椅子から立ち上がり、私の目の前に差し出した。
「ヒスイにやる。合格祝いだ」
「……まだわかりませんが」
「落ちてたら慰めの品ってことにしていいぞ」
「じゃあ、頂きます」
私が貰う以外の選択肢はないらしい。
座ったままなので、手だけは恭しく両手で下から受け取った。
両手で支えてもずっしりとした重みを感じる。
これを軽々と片手で持っていたということは、殿下もやはり鍛えているんだなあ。
ところでこれはなんだろう。
椅子に座り直した差出人に聞いてみよう。
「あの、これは何ですか?」
「魔石器という、武器を作るための石だ」
「武器、ですか」
スグサさんから「武術は習っていたのか」って聞かれたことがあったなあ。
あれは試験の前だったか。
それと関係があるのかな。
「四年生の最初は武器の使用訓練から始まるんだ」
「魔法科でもですか?」
「魔法科だから、だな。武術科はすでにやってる」
聞くところによると。
魔力というのは有限であり、当然のように使えている魔法も、もしかしたら使えない時があるかもしれない。
さらに言えば、魔法を使うよりも、武器を使うときの方が適した場面があるかもしれない。
以前スグサさんが言っていた、遠距離ではなく近距離で戦う場合も含む。
その時のために自分に適した武器を持ち、使いこなせるようになろうということだ。
魔法科ということで、最初はもちろんを魔法を学ぶのだが、基本ができれば次は武器。
それが四年生ということらしい。
スグサさんに入学前に聞かれたときは、なんとなく格闘技だと思っていたけれど。まさか武器とは。
騎士という職業があって、戦いに備える習慣があるのだから、当然か。
「武器は学校で作ることもできるんだが、持ち込みも許可されているんだ。ヒスイはどういうのが適しているか分からないから、素材をやろう。何にするか決まったら鍛冶師を紹介する」
「……ありがとうございます」
さて。困った。
武術についてこれといったものは浮かばず、経験があるかもわからない。
根拠のない勘だけど。
まだ思い出していないだけかもしれないが、いつ思い出すかもわからない。
となると、使いやすそうなものがいいのか。
「最初はイメージしにくいと思うから、武器庫でも見学に行ってみたらどうかな? ね、カミル」
「見るか?」
「……見たいです」
「わかった。日付はまた伝える」
使い方すらもわからないものだらけだろうけど、知らないよりはきっと良いはず。
提案してもらえてよかった。
―――――
数日後、私は森にいた。
いや、ただいるだけではない。
逃げている。
「っ、はぁ……はぁ、ふう……」
―― いいじゃんいいじゃん。楽しくなってきたなあ。
「全然楽しくない……。今までで一番怖いですよ」
大鎌を持ったロタエさんは、ウロロスの大群よりも怖い。