第62話 上には上が
向かった先は筆記試験を行った部屋と同じ。
前の部屋で私を呼んだ呼名係の先生が、扉を開けて入るように促す。
筆記試験で使用した机はなくなっており、審査員というのだろうか、大人たちが五人ほど、横一列になって席についている。
その中にはヒイラギ先生もいるが、他四人は知らない人だ。
審査員たちと並行に視線を伸ばした先には的。
というか風船が、壁一面に疎らに散りばめられている。
上下左右、大小もさまざまだ。色は白と赤。
聞いていた通りだ。
呼名係の先生が扉を閉め、的を正面にして足元に線がある場所に来るよう言う。
その場につくと、左側の、的との距離の中間より手前に審査員の人たち。
すぐ右手には例の水晶が、お洒落な足をした小物置に座布団の上で鎮座させられている。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。まずはお名前をお願いします」
「ヒスイ、と申します」
さっきの今なので、先生たちの反応を気にしていたのだが、先生の中には家名がないことを気にする人はいなさそう。
……表面上は、だが。
「では、実技試験を始めます。水晶に触れ、魔力を流してください」
右手で上から水晶を覆うように手を乗せる。
ひたすら練習した魔力の操作。
指の腹から糸を出すように、繊細に。
透明な水晶はわずかに光り輝き、透明から黒に色づく。
青、赤ときて、黄色。
ここまで一定に流していた魔力を、やや減らす。
光はそのままだが、黄色は色が和らぎ、城っぽさを見せる。
そこで、これでもかというぐらい魔力を減らす。
「ほう。これはなかなか」
「この年代で黄色を超えるのは将来有望ですね」
「ヒスイさん。計測できましたので、手を放して大丈夫です」
印象的には好感触だ。
手を離した水晶はクリーム色から色を失っていき、透明に戻りつつ光も消えていく。
何の変哲もない水晶に戻った。
「体調に変化はありませんか?」
「大丈夫です」
「では、実技試験に移ります」
試験概要は聞いていた通り。
どんな魔法でもいいので、白い風船のような的だけに当てるという物。
加点方式だが、赤い風船に当たってしまった場合は減点される。
さらに赤い風船に当たった場合は風船は割れず、天井に向かって飛んで行ってしまうらしい。
風船の数は計百五十個。内、白は百個。
制限時間内に何個当てられるかというタイムアタック制だ。
質問は特になかったので、開始の合図を待つ。
「用意。……始め」
声から一瞬間が開いて、右腕を前に突き出す。
指を伸ばし、中指だけ曲げて、親指で押さえる。
距離は電車の一車両の端から端ぐらいかな。
「火・初級魔法」
デコピンで、小さい火の玉を飛ばす。
目線より低い一番下の段の白い風船に命中した。
また中指を親指で押さえ、風船の間隔分、腕の方向を調整しながら繰り返す。
「変わったやり方ですね」
「確かに。ですが的確です」
「威力も強すぎず弱すぎず、とても丁寧だ」
高さが出るとその分距離が開いて、狙いが定めにくくなる。
赤い風船に当たりそうになることも増えてきた。
あと半分。
あと三十個。
あと十五個。
あと、十個。
「……そこまで」
「んー……」
あと八個、余った。
数えられる程度が残ると、数えられないぐらい残るよりも悔しいなあ。
「お疲れさまでした。体調に変化はありませんか?」
「ありません」
「では、元の教室に戻りましょう」
「はい。ありがとうございました」
審査員の教員らしき人たちに一礼し、呼名係の先生を追って部屋を後にした。
戻ってきた教室は賑やかで、アオイさんがまた囲まれていた。
呼名の先生が教壇に立ったので解放されるのは早かった。
最初と同じ、アオイさんの前の席に座る。
私よりも疲れていそうに見えるが、座って頭の位置が近くなると、耳打ちしてきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「全部はできませんでした」
「その言い方なら結構いい方なんじゃない? 詳しくは戻ったら聞かせてもらおうかな」
ぱっと表情を明るくさせたすぐ後に、教壇に立つ先生から書類が回されてきた。
「今お配りしていますのは、結果発表、編入準備、始業式などの予定が書かれています。必ず一度は目を通していただきますようよろしくお願いいたします」
貰った紙を見ると、一番近い予定が五日後の結果発表。
合否書類が通達されてくるそうだ。
その後に制服の採寸やガイダンスのようなものがあるそう。
少しの連絡事項を聞き、解散となったら行動は早かった。
アオイさんが捕まらないようにするためだ。
―――――……
「うん。これなら筆記の方は大丈夫だね」
「よかったです」
お城に戻ってきて、引き続きアオイさんにお世話になっている。
今は、筆記試験の問題用紙に書き込んだ自己回答から採点してもらったところ。
何か所か間違えはしたが、おそらく合格ライン。
「よしよし。実技の方は?」
「試験方法は聞いた通りでした。成績は、的が八つ残ってしまいました。白は当ててません」
「ノーミス一桁残しかー……」
良いとも悪いとも言わず、アオイさんにしては珍しく真顔で、宙を見つめている。
あまりいい成績ではないのだろうか……。全部出来て当然、とか。
「……たしか、スグサ・ロッド殿が編入したときはノーミスで満点だったんだよね」
…………え?
「僕でも三つ残しちゃったなあ。ミスはしなかったけど」
…………ん?
「うん。余裕だね!」
余裕らしい。
「……受かりそうならよかったです」
「よかったよかった」
うん。よかったよかった。