第58話 試験準備
学校が始まるまであと七十日。
入学のために試験を受けるのがあと二十日と迫ってきている。
試験の内容は筆記と魔法実技。
魔力量測定も同日にあるそう。
魔法実技は魔術科希望者が受ける。
私は四年生に編入希望なので、今年四年生になる生徒の平均以上の成績を出さなければならない。
試験方法は、対人ではなく的を狙って魔法を使用する。
スグサさんと訓練していた『一般レベルを知る』という内容はここで活かされる予定だ。
魔力量測定も行うからには、一定以上の魔力量が必要。
魔力が少なすぎて短期でしか戦えませんじゃ、戦闘の幅が範囲が狭まってしまううからだとのこと。
そちらに関しても、魔術師団のトップの人からすでにお墨付きをもらっているので心配はしていない。
「火の精と戯れている様だったよ」
「恥ずかしいのでやめてください……」
人さまには言いにくい状況をばっちり見られてしまい、顔から火の精が出てしまうかと思った。
訓練室⑧で今はアオイさんと二人で壁沿いに並んでいる。
今日アオイさんに来てもらったのは、魔法実技の試験のために予行練習をさせてもらうためだ。
「形式は、指定された的に自分の得意な魔法を当てるってだけ。ただし指定以外の的に当てたら減点になるから気を付けてね」
「じゃあ範囲系の魔法は使えないんですね」
「そうそう。一定以上の威力がないと判定にならないから、威力とコントロールのどちらも見てるんだよ」
範囲魔法で一括ドカンとじゃ、威力は見れてもコントロールはわからない。
コントロールができなければ連携も難しくなる。
「ヒスイちゃんの場合は、使える属性も選ぶ必要があるんだよね。考えた?」
「はい。風と火と闇にしようと思います」
「理由を聞いてもいい?」
「風と闇は得意なので。火は逆に苦手なので、ですね」
苦手意識のある火属性を使った方が、学生らしいかな、って思っただけだが。
試験にも火属性で挑むつもりだ。
今の的当てという試験方法を聞いて決めた。
入学のためにはミスは許されないし、風属性を使った方が確実ではあるのだが、学生らしい成績を収めるためにもその方がいいかなと思った。
スグサさんにも相談のうえで決めたので、苦手だとしても大丈夫じゃないかと言われている。
「じゃ、今から的当て練習だね」
「お忙しいのにすみません。ありがとうございます」
「いいよいいよ」
壁沿いから訓練場の中心付近に移動して、距離を開ける。
アオイさんに向かって火の属性を放ち、威力とコントロールについて意見を貰う。
掌をアオイさんに向け、おおよその距離を目算。魔力の量を計算し、唱える。
「火・初級魔法」
ある程度の魔力を短時間だけ込めれば、それはまるで火の玉となって浮遊し、放たれた。
スピードとしては……広い草原を犬が走っているような物だろうか。
全速力ではなく、目で追える程度の早さ。
火属性を持っているアオイさんは、自分の火属性をあてていとも簡単に相殺した。
「狙いは良いと思う。早さはもう少しあったほうが確実かな」
「もう一度やってみます」
頷いたのを見て、再度魔力を込める。
ここでふと、思いついた。
的当てなのだから、的当てらしい体勢でやってみようと。
右手を伸ばし、手を握る。
人差し指と親指は伸ばして、銃のように。
人差し指の先端に魔力を集めて。
「火・初級魔法」
放った。
イメージしたものが射的の銃なので、弾丸のようなスピードで発射された。
それはもちろん、発射したと思ったらすでに的の方に当たっている状況。
「ぐふっ」
「あ」
案の定。
褒められたコントロールで、アオイさんの腹部にヒットしてしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
「だい、じょうぶ……! ローブの防御魔法があるからね……」
尻餅をついたところに慌てて駆け寄った。
ぶつかったであろう腹部をさすりながら、苦笑いで答えてくれた。
防御魔法のおかげか、服も焦げてはいないようだ。
「本当にすみません」
「平気平気。初級魔法だし、威力は抑えてたでしょ」
「一応は、そうですけど」
「スグサ殿の一発の方が強かったなあ」
笑ってくれたので、強張っていた体が少しほぐれた。
スグサさんの一発ってどっちのことだろう。
立ち上がる時も体を庇ったり、表情を歪めたりはしていなかったので、本当に大丈夫そうだ。
よかった。
「今のだと少し速すぎるかな。反応できなかったよ」
魔術師団長が反応できないものじゃあ早すぎる。
イメージとしてはやりやすかったので、おもちゃの銃で考えてみよう。
それからも何度か繰り返し、同一の力加減を覚えた頃。
片付け前の休息を壁側でとっていると、それぞれで考えておくように言われた話題になった。
「前髪を編み込んで片目を隠そうかと思います。後ろ髪は下ろしてると少し邪魔なので、緩く結ぼうかと。あとは……個人的にマフラーが欲しいです」
「本人の写真は髪を下ろしているのが多かったから、結ぶのがいいね。顔も少し出したほうが怪しまれないだろうし」
スグサさんの顔をどうするかという問題。
化粧だけじゃ誤魔化しきれない可能性があり、それならばいっそ、一部隠そうと決まった。
ただ眼帯とかマスクとかだといい印象が与えられないので、他の手段をと考えていた。