第54話 正体不明
ソファーに座ったままのアオイさんとカミルさんの表情は私から見えていて、部屋に入った時から真剣な表情なのは変わっていない。
今も、殿下とベローズさんを見つめるその顔は真摯なものだ。
気になるのは、身動きなく、微動だにせず、黙っている後ろ手に組んだ白衣の姿。
その背中から伝わる雰囲気は決して温和なものでも、ましてや先程までの上機嫌を伺わせるようなものでもない。
殿下はというと、ベローズさんを見つめてこちらも動きはなし。
ただ、その視線にブレはない。
沈黙は何秒、何分と続いたか。
「………………承知しました」
ごり押した。
静けさに肺が押し潰されそうだった。
「もう意見を変えないでくれよ」
「では、提案させていただきます」
「……」
「提案、です」
意見を変えたことと言い、今の提案と言い、ただでは屈しない精神でもあるようだ。
さすが研究者。
失敗を糧に次につなげようとする姿勢は見習おう。
「城から出る『五番』に何かあったらと考えると、私はいてもたってもいられません。私の代わりに同行できるものを選出させて頂きたいのです」
同行……っていえば聞こえは良い。
要は見張りたいんだろう。
それぐらいは私でもわかった。
一瞬怪訝な顔に戻った殿下だったが、手で口元を隠すように頬杖をついて熟考。
少しだけ細い息を吐いて目の前にいる人の顔を見上げる。
「まあ、構わんだろう。誰にする予定だ?」
「研究者とは、観測する際はその姿を見せないものです。観測対象に対して影響を与えないためです。素の状態を観測しなければ観測とは言えません」
「つまり言いたくないんだな」
「言えません」
承認せざるを得ない。
見張りがつくのは気分のいいものではないが、これで引き下がってくれるのならば。
緊張感のある学校生活を送ることになりそうだな。
「では、私はこれにて退室させて頂きます。殿下の益々のご活躍を、心よりお祈り申し上げます」
深々と一礼したベローズさんは、軽い足取りで踵を返す。
アオイさんとカミルさんに見向きもせず、一直線に私の後ろにある扉に向かってくる。
そして私の横を素通り、と思ったが。
目の前で立ち止まり、眼鏡と瞳の奥に蠢く嫌悪と苛立ちを見せつけるように視線を合わせてきた。
私に対してか、別の人に対してか。
不本意ながらしばらく目を合わせていたが、その時間は唐突に終わり、鼻を鳴らしてから部屋を出て行った。
「……っはーーーっ!」
と息を吐き出したのは殿下とアオイさん。
そこまで大袈裟ではないがカミルさんも息を吐いている。
机に両肘をつき、組んだ両手をで俯かせた頭を支え、絞り出すような一言。
「……つっかれた……」
この部屋にいる全員の気持ちを表していた。
「でも意外です。もっと粘ってくるかと思いました」
「まあな。逆に怪しくもある」
最初に殿下とロタエさんが勢いで話に行った時はねっとりとした時間だったようだ。
それと比べたら今の時間はあっさりさっぱりしすぎている程と。
同行者をつけることも含めても何か考えているのかも。
「殿下。調査していた件、ギルドから確認が取れました」
カミルさんが立ち上がり、殿下の机の前まで移動する。
手に持っていた書類の束を手渡した。
「どうだった」
「保護した人物の所属は認めましたが、ギルドは関与していない、と」
「ギルドから救援要請が来た件については?」
「見知らぬ者が助けを求めに来て、詳細を聞いたとのことです」
「見知らぬ者、ね。そいつの調査は可能か?」
「対応した人物は顔を覚えていないようで」
「手詰まりか……」
今回のことは謎の部分がいくつかあり、私がお城を離れている間にも調査していたのだという。
二人の話に耳を傾けながら、アオイさんに促されてソファーに座った。
行き止まりの壁を前にして立ち竦んでいるような雰囲気でいると、ドアがいつものリズムでノックされる。
「失礼します。保護した人物の調査報告を受け取りました」
「ご苦労」
ロタエさんも手に書類の束を持っている。
真っ直ぐに殿下の元へ行き、読み上げる。
「名はザン。記憶の混濁があり、センリの山に向かう理由がはっきりしません。同行者がいたようですが、どのような人物か覚えていないそうです」
同行したのに……?
「同行した人物と助けを求めに来た奴は同一人物の可能性があるな。この時期のセンリの山に行く程の用ということは、よほど重要なことか、任務としてならかなりレベルが高いはず。よくも知らない相手と行くことはほとんどないだろう」
「もしくは、まともな任務ではなかったか」
ロタエさんの落ち着いた声が、内容を冷静に捉えさせてくる。
謎の人物といい、記憶の混濁といい、あまり良くない傾向だ。
「そいつからもう少し探れないか?」
殿下がダメ押しで問うている時に、私の中で声が響いた。
「殿下」
「どうした」
「スグサさんが、話をしたいそうです」
このタイミングで話に入ってくるということは何かあるのだろう。
この切り替えももう慣れたものだ。
―――――……