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第52話 一転変わったその顔

 吹雪の中、立ち尽くして、思案。

 目の前の≪玩具箱≫が風除けになってくれているおかげで、視界は比較的クリアだ。

 クリア。いや。真っ白だ。

 ≪玩具箱≫も雪も真っ白。

 浮かび上がるのは真っ白とは言えない程度の両手。

 ああ、私の手だ。

 手枷がない、素朴な手だ。

 今この場で知らない場所に逃げれる。

 逃げた先で、どうやって生きれる。

 目立った行動はできない。

 スグサさんの有名すぎる顔は国中の人が知っているだろう。

 たとえ当人じゃないと言い張っても、似ているというだけで通報されてしまう可能性は高い。

 ではひっそりと暮らすか。

 どうやって?

 自給自足?

 いくらか学んだとはいえ、植物の知識や育て方、気候は素人に毛が生えた程度だ。

 実践するにはハードルが高すぎる。

 何より。

 今までお世話になった人たちに何も言わず、黙って出ていくのか。

 訓練に来てくれている人たちも、前を向いてきている人もいる。

 向けていない人も、だからと言って投げ出してしまうのか。

 頭は冴えわたっている。冷えて冷えて、保温の効果はいつの間にか消えてしまっていたのだろうかと思うぐらいクールだ。



「……行きません。帰ります」


 ―― ……理由は?


「殿下たちへの恩と、訓練中の人たちへの義理、あとは一人になってやっていける自信はないです」


 ―― まあ。やっていけるかと言われたら難しいだろうな。


「それに、研究員の人たちが逃がしてくれるとも思えないですし」



 一番の懸念はこれ。

 研究員の人たちは全員は知らないし、一部の人たちでもどういう人なのか、知っていることは浅い。

 だけど、あの人たちが研究にどれだけ熱心なのかは少しわかっている。

 そんな人たちが、私を一人で現地に送って、逃げられることを考えないはずがない、と思う。

 何か裏がある。



 ―― いいね。正解だ。


「正解?」


 ―― 強制転移が実行されたとき、あいつの魔力でマーキングを付けられた。逃げればバレるし、逃げた先も筒抜け。


「うわあ……やっぱり」



 ていうか、スグサさんは知ってて聞いたんだ。

 逃げると言えばマーキングも消してくれたかもしてないな。

 スグサさんは私の判断を楽しんでいる気がする。

 逃げると判断すればその先の行動を見るために、面白くなるならそのための努力をしてくれそう。

 それに、自分の体に嫌いな人の魔力が付いたままなの、嫌がりそう。

 転移させられた時の魔力への反応、すごかったし……。

 拒否というか拒絶というか。



 ―― んーじゃ。さっさと荷運びでもしようかね。



 すでに中身は氷漬けなので、≪玩具箱≫を解除したとしても氷が残るだけ。

 大きすぎて壁と見違う氷塊に、転送の魔法陣を描く。

 空間移動系の魔法はまだできない。

 教わっていない。

 なぜなら、どこかへ逃げるという可能性を作らないため。

 なので少しずるいが、その場でスグサさんに教わることになった。

 魔法は練習しないと発動できないし、失敗もありうる。

 だが魔法陣ならば、陣さえ間違わずに書ければ、あとは魔力を流すのみで失敗の可能性は低い。

 転送先はスグサさんが指定した場所。

 そもそもセンリの山というのはウロロスの住処で有名な場所らしく、ウロロスが凍るのに最適な場所もあるのだという。



 ―― あれ? 間違ったかも。


「えっ」


 ―― いや、大丈夫大丈夫。あってる。はず。


「えぇ……」



 ……低い、はず。

 魔法陣なんて使わずとも自由自在に使っていた最高位魔術師のスグサ・ロッドさんに教わって描いた魔法陣は、とても達成感の得られる大作となった。



「魔力はどれくらい流せばいいんですか?」


 ―― 髪の毛一本分。



 なんだろう、その例え。

 頭頂から毛先まで、大体身長と同じぐらい。

 なんかよくわからないけど、とりあえず一本分の指先で魔法陣に触れる。

 触れている位置から魔力を糸のように流し込む。

 魔法陣全体に魔力が行き渡り、満ち足りたところで陣が光った。






 ―――――……





「『五番』。お前はよく働いてくれた。これからもこの国のために尽力するんだぞ」



 こんなに嬉しくない賛辞や、薄気味悪く感じる笑顔ってあるんだな。

 というのがまず初めに感じた感想。

 白衣を着てぼさぼさの頭をして眼鏡をかけて、最初と変わらない格好のベローズ所長は諸手を挙げて讃えてくれた。


 昨日、ウロロスたちを所定の位置に移し、怪我人を抱えてお城に帰ってきた。

 止む無くスグサさんに転移を使用してもらい、お城の前についたのはことが起こった同日。

 雪山では厚い雲のせいで時刻もわからなかったが、雲一つない空に大量の星が瞬く真夜中になっていた。

 城の周辺はそこかしこに兵が待機していた。

 体に雪を纏わせながらいつもと同じ格好をしている私を見つけた一人の兵が、慌てながら城に入っていくのが見え、すぐに殿下といつもの三人、ベローズ所長と数人のお付きの人たちが出迎えてくれた。

 その表情に余裕はなく、私の名前を呼びながら間近に顔を寄せてくる。

 「無事か」「怪我は」「体は」「意識は」と口々に次々と問われ、答える隙がない。

 ベローズさんがいるので、一言「問題なく完了してきました」とだけ返答し、いつものウロロスは氷の中で眠り、雪崩の心配もないことも追加した。

 ただ、怪我をした人は意識がないため、事情を聞くためにもお城で一時預かってくれることに。

 夜分も過ぎていたし、急を要する必要がないということでその時は解散となった。

 そして、再度集まった時に言われたのが、不気味な笑顔で発せられる賛辞である。



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