第50話 初実戦
「さむ……くない」
この意識の取り換えについて呼び名が欲しいところだが、とりあえず交代させられてしまった。
状況は……。
スグサさんがかけてくれた色々な魔法のおかげで、寒さはもう感じない。
というより暖かいとすら思う。
すぐ横には黒い靄の球体。
ロタエさんが私に魔法を試しに使ってみるように言った時に使用されたものだ。
懐かしい。
その中には暖かそうなもこもこの服を着た……たぶん男の人。
ゴーグルやフードをがっちり来ていて顔は見えない。
ただ怪我をしているようで、右肩が傷ついている。
肩周りは血で染まっているし……。
これ、止血とかしないでいいんですか?
―― すぐには死なんだろ。先にウロロスを仕留めてからでいいと思ったが。
これの中って寒くないですか? 暖かいほうがいいと思うんですが。
―― じゃあ魔法の内に魔法かけろ。やり方は教えてやる。
靄の中は外気がそのままなので、体温維持のために保温の魔法をかける。
表情は辛そうだが、傷口を圧迫できる物もないから、ひとまずはこれぐらいしかできない。
靄はスグサさんがかけてくれた魔法だから、そう簡単には解けない……と思うし、しばらく待っていてもらおう。
ウロロスの方を向いて、対策を考える。
風上にいるから雪が邪魔だが、幸い眼鏡をかけたままだったので、ゴーグル代わりになってくれている。
ウロロスを大人しくさせるにはどうしたらいいんですか?
―― ま、眠らせるのが早いな。だがあそこまで興奮してちゃあ早々眠らないだろうし、疲れさせるのが第一だな。
結構暴れててもまだまだ元気そう。
それどころか本当に雪崩が起きてしまいそうだから、暴れるにしても場所を変えてもらった方が良さそう。
魔法でウロロスを隔離しますか?
―― そうだな。その上でまた派手に暴れさせる。治まってきたら氷漬けにしてやればいい。
……私が使う魔法で大丈夫でしょうか……?
―― まずはやってみろ。どの魔法を使うかは決めたか?
……一応。
魔法の名前を挙げて、「それでいい」と了承を得た。
今の距離では魔法を使うには離れすぎているので、近づくしかない。
ウロロスの方に向かうとなると、向かい風なので飛んで行くのはより難易度が高い。スグサさんのように雪の上を滑ることも考えたが、慣れない場所で慣れない魔法を使うのは思わぬミスにつながると思った。
なので、考えた。
「風・上級魔法 ≪愚者一掃≫」
自分を中心に、大きな竜巻が巻き起こる。
吹雪を巻き込み想定より強い風が、音や振動に敏感なウロロスを刺激するはずだ。
―― 数秒で良い。解いたらすぐ次の魔法の準備をしておけよ。向こうから寄ってきてるはずだ。
「はい」
頭の中で返事をすればいいのに、思わず声に出してしまった。
でも周りには人はいないし、いっか。
十秒経つ前に、魔法を解く。
遠近法で手乗りサイズだったウロロスは、もう手に乗らない程度には近づいてきていた。
これがすぐ近くだと私が乗れちゃうサイズだもんな。
……思ったより近づいてきていたから、思考が現実逃避してしまった。
次の魔法のため。
そして頑丈な、そして大きな物を作るために、魔力を多めに練る。
視線はウロロスの方に向けたまま。
スグサさんが視界を確認して、魔法のタイミングを計ってくれている。
―― ……用意。四、三、二、一。
「無・最上級魔法」
≪放り込まれた玩具箱≫
ウロロスがコンパクトに、一列にこちらに向かってくれるなんて奇跡は起こらなかったので、保管庫七部屋分以上の大きさで魔法を展開した。
見た目は真っ白な箱だったんだー。
実はこの中に入ってばかりで見たことはなかったなー。
―― 余裕そうだな。
「……思ったより、辛くはないですね」
一つの体に対して、魔法は結界系が二種類発動中。
保温や防風などの付与系が四種類。
単体発動は一種類発動した。
たぶん、多いほう。
―― 私様の記憶では、魔法の同時発動は二種類できればなんかすごいって言われてた気がする。
「スグサさんは本当に別格なんですね。付与系で四種類」
―― お前、自分がやったこと自覚しておけよ?
この流れで課題を追加された。
「一般基準を学べ」と言われてしまった。
一般的じゃないことをやったことはわかってたけど……必要なことではあると思うので意見はしないでおいた。
≪玩具箱≫の中でウロロスたちが暴れているのがわかる。
見た目には何の変哲もない箱も、魔法の使用者だからか振動が絶えず伝わってくる。
これから箱の中に入って、ウロロスたちを疲労させなければならない。
―― 水は使うなよ。あいつらの十八番だ。やるなら火。
「火は……ウロロスたちが危なくないですか? 死んじゃったりしませんか?」
―― そこは加減次第だな。あいつらは熱に弱いから、燃やすまではいかなくてもその程度でいい。
ウロロスが使う魔法が水属性ならば、火を使っても対処は出来るだろうとのこと。
対策できるほどの知能があるんだなーと感心。
燃やさない程度でいいのなら、怪我をさせないで済む方法があるかもしれない。
「じゃあ、行きます」